2010年5月10日 (月)

映画『カムイ外伝』の彼方

 わたしにとって、『カムイ外伝』という作品は、『忍者武芸帳 影丸伝』と並んで、白土作品群のなかで、『カムイ伝』本編よりも、大きな位置を占めている。ここでいう『カムイ外伝』とは、当然のことながら、「週刊少年サンデー」誌上で1965年から67年まで断続的に連載されていた「第一部」といわれる一群の作品をさしている。なによりも、抜け忍となって追っ手から逃れながら生き延びていくカムイの痛切な在り様は、少年期であったわたしの心奥を痛撃したといっていい。なかでも、「九の一」という挿話は、いまでも印象深い物語として、わたしのなかに潜在している。木樵集団のなかで逼塞していたカムイだったが、集団のなかで虐げられながら働いていた少女と心通わせていた。安寧の日々は長く続かない。この木樵たちもまた追忍であったのだ。死闘の末に生き延びたカムイは、少女とひと時の安息を得る。少女は鶴を飼っていて、カムイがその鶴に餌を与える。瞬間、足元に蛙を見つけ、それを取ろうとして前屈みになる。鶴は、少女以外から餌をもらうと反射的に嘴で羽毛のなかに仕込んでいる小刀を取って、目の前の対象に放射するように訓練されていたのだ。偶然、前屈みになったカムイはそれを避けることができたのだが、小刀はそのまま、カムイの前に立っていた少女の喉に突き刺さる。悲嘆にくれるカムイは、丸太に少女の死せる体を横たえながら川を下っていくという画像で物語は閉じられていく。“九の一”とは、女忍者を“くノ一”と呼び習わしていたことからの転用であるが、ここでは、少女も含む木樵集団が九人にいたことから表題は由来する。もとより少女は、カムイに殺意を持っていたとは思えない。被差別下層民という出自を持つカムイは、山の民・職能集団のなかで働く少女を自らの立ち位置と重ね合わせたことは、推察できる気がする。その少女が自らの意志で鶴を訓練させたとは思えないが、確かな目的があってそのことを任ぜられていたことは間違いない。結果的に少女もまた追忍であったという事実は、どんな意味を持つことになるのだろうか。鶴が自分以外のものから餌を与えられると小刀を放射することを知りながら、カムイに餌を託したのは、任ぜられた目的遂行のためであったとしても、それは、殺意とは別物なのだ。カムイの前に立っていたということは、カムイが鶴の放射行為をかわすことを想定していて、目的を達成できない場合は自死するという追忍の掟に従ったということを意味する。だが、わたしの記憶のなかでは、少年期に受けた、少女もまた追忍の一人だったという衝撃的な結末に、もっと別様の物語が内在しているはずだという思いがあったような気がする。その時の思いが指し示すものは、四十年以上という時間の累積があるにせよ、作品が有している深遠性として色褪せることはないといい切ることができる。少年期に抱いた別様の物語をカムイと少女との往還に敷衍していえば、関係性というものは、ほんらいなんらかの齟齬を抱え持たざるをえないし、均等な相互性というものは、そもそも成り立つことの困難性を絶えず孕んでいるものだということになる。自らの存在性が、他者の存在性を規定する、あるいは、他者の存在性が、自らの存在性を規定してしまうということが、共同性のなかでは常態的に起こりうることを意味する。そのことは、支配―被支配といった強制力や力関係の問題ではない。存在自体に内在してしまうもの、つまり、個と個が織り成す関係性が発生した段階で、既に胚胎してしまうということなのだ。それを意識的・自覚的に了解しうる位相を、個と共同性における領域にどのように屹立させていくことができるかということが問題なのだとわたしには思われる。
 だからこそ、カムイが少女の亡骸とともに川を下っていったのは、少女が、“九の一(くノ一)”であったこととは別に、少女の死の起因が、自分の存在自体にあることに苦悶し、悲痛の思いを抱いたからだ。抜け忍と追忍との往還は、自分の“生”と引き換えに相手の“死”を喚起させることであるという宿運を自らの生き様に刻印するしかないカムイの存在自体の空虚さ、孤絶感を鮮烈に描出しているからこそ、その衝撃性、鮮烈性は依然、現在までも作品のなかに有し続けているといえるのだ。

 わたしは、映画『カムイ外伝』を観終えて直ぐに、どのような言葉を発したらいいのかと、しばらく逡巡した。そして、いまでも、その思いは続いているといっていい。つまり、原作とその原作を元にしてヴァリエーション化されたものは、別物だと考えていけば、いいのかもしれない。だが、かつて竹中直人監督作品『無能の人』をめぐって、わたしは、『無能の人』という作品は二つあると述べたことがあるが、その時の思いと幾らか違うものを、映画『カムイ外伝』に対して感じているからだ。竹中版『無能の人』は、原作にある井月譚をめぐる位相を忌避し日常的な家族性というものに収斂させて構成している。もとより、原作に潜在している孤立感や存在の空虚感といったことから離反していく限り、それは、二つの作品の間の乖離は大きいということだ。だからこそ、ある意味その懸隔性は納得できるものだった。しかし、映画『カムイ外伝』はどうなのか。かつて、『花のあすか組!』を近未来設定にして、原作(高口里純)の世界を無惨にも解体し荒唐無稽なものにしてしまった崔洋一が、『カムイ外伝』で同じ轍を踏むとは思えなかったが、原作に対して敬意を含ませながら、忠実に再現しようとしたことによって、原作が持っている共同性への暗い憤怒を見事に希薄化させてしまったといえる。
 ただし、幾らか留保して述べるならば、それは、映画化の原作を、『カムイ外伝 第二部』集中の「スガルの島」に求めたことからくる停滞性に起因するといえなくもない。「海」は、白土作品にあって重要なモチーフのひとつであることは、理解できる。「渡り衆」という海の職能集団を登場させるのは、「九の一」での木樵集団に通底する。だが、ここでは、カムイの立ち位置に大きな変容が見られることと、物語の基軸が「海」という場所性にあまりに依拠しすぎているのだ。『カムイ伝 第一部』と並行して書かれた『カムイ外伝 第一部』と、『カムイ伝 第一部』終了後、長いインターバルを経て、『カムイ伝 第二部』開始へ向けた試走ともいうべき意味あいで書かれた、『カムイ外伝 第二部』との間には、埋めようのない懸隔が露出しているといっていい。
 「スガルの島」では、カムイとスガルが対立していくなかで、やがてカムイが追忍ではなく、自分と同じように抜け忍であることをスガルが理解し、心を開いていくというように描出されていく。追忍が飲み水に毒物を入れたため、スガルを始め島の住民のほとんどが亡くなるという惨事によって、カムイと追忍の死闘へと物語は展開していく。しかし、例えば、「九の一」を例示するまでもなく、そこには何か緊密性が欠けて予定調和的な物語を顕在化させているだけだといわざるをえない。むろん、映画(もちろん漫画や劇画も同様だ)は、娯楽作品であっていいし、イデオロギー的主題性が明確な作品を、わたしは、了としているわけではない。だが、カムイという存在が、どのような共同性のなかにいて、生き続けてきたかということを捨象した物語は、空無以外のなにものでもない。映画の宣伝惹句は、「生き抜け!負けるな」だが、カムイを力強い抵抗の象徴として捉えるなら、それは、異貌のカムイでしかない。
 少し視線を変えて、この映画版に言葉を向けてみるならば、大島渚の『忍者武芸帳』にしても、テレビ版アニメ『カムイ外伝』にしても、実写ではなかったから、わたしは、カムイを松山ケンイチが演ずるということを知った段階で大きな期待感を持ったといっていい。監督が崔洋一ということに、幾許かの不安がないわけではなかった。これまでの作品であまり共感を抱いた記憶がないからだ。大作『血と骨』にしろ、傑作と評判の高かった『月はどっちに出ている』にしても、わたしとの距離感は埋めようもなかったといっていい。
 WOWOWで、『カムイ外伝』の撮影現場の様子が放映されたのを、公開前に観た。映画のメイキング映像というものは、オーケストラのリハーサル映像と同じで、観る側の感性を大いに刺激してくれるものだ。当然、撮影では、生身の身体の動きを捉えるものであるから、作品に対する期待感を膨らませてくれたのは確かだ。特撮を当然、多用するだろうことは想像できたとしても、ウォシャウスキー兄弟監督の『マトリックス』シリーズやチャン・イーモウ監督の『HERO』や、『LOVERS』には、遠く及ばないだろうとは思っていたものの、結果、作品におけるVFXの技術効果は、わたしに異和感しか抱かせなかった。
 確かにカムイの持っている秘術は、作品の重要なモチーフには違いない。少年期、魅了されたのは、その数々の秘術の卓抜さの描出があったからだといっていい。だが、そのことを、前面に出してきては、『カムイ外伝』という物語の深遠さは、なかなか表現しきれないだろうと思わざるをえなかった。
 映画は開巻、いきなり、カムイの秘術を特撮を駆使しながら延々、捉えていく。これには、完全に興醒めしてしまったといっていい。宮藤官九郎と崔による共同脚本は、このことを了として進めていったとしたならば、なにか、別の原作作品を対象とすべきではなかったのかといいたくなる。娯楽作品は、観客に分かりやすい物語を提供することではない。カムイの秘術は、それこそ、映画の惹句ではないが、必死に「生き抜」くためのものであり、これ見よがしに露出させていくものではないのだ。ゲームや格闘ごっこをするために、秘術はあるわけではない。このことは、この作品の製作者たちの明らかな錯誤というしかない。
 松山ケンイチのカムイは確かに存在していても、わたしたちが感応してきた劇画上の、あるいは物語上のカムイは、何処にもいないというべきなのだ。これは、誤解のないようにいうならば、映画『カムイ外伝』は、松山ケンイチの身体性に尽きるといっていい作品だといえるからだ。たぶん、松山ケンイチがカムイを演じていなければ、わたしはいまこうして、映画『カムイ外伝』について記述することはなかったといえる。少なくとも、走って走って画面を横断するカムイ・松山ケンイチは、魅惑的であった。
 「例えば『デスノート』(06)のLや『デトロイト・メタル・シティ』(08)のヨハネ・クラウザーⅡ世は役柄に際立つ特徴があるので、よく人から『難しかったでしょう』と言われるのですが、特異な部分が際立つからこそ、逆にそこの部分を糧に、『この人に百パーセントなりきる』と念じれば、すんなりと入っていくことができました。でも今回のカムイは、『なぜできない?』と思うことの連続で、撮影が終わるまで、ずっと自分の殻に閉じこもっていました。本当なら、崔監督が描こうとしたテーマについてもっと深く考えなければならなかったのでしょうが、入口となるカムイの肉体力に全身全霊で取り組んでいたので、はっきりいってテーマにまで頭が至らなかったと言えます。」(『カムイ外伝』劇場用プログラム)
 わたしは、この松山ケンイチの応答に、崔や宮藤以上にカムイの存在性に対する真摯な理解を見る思いがする。身体性は、自ずとその心的な空間を射てるものなのだ。松山ケンイチがいう、「カムイの肉体力に全身全霊で取り組んでいた」という考えは、わたしの見立てを補強してくれるものだった。だからこそというべきか、松山ケンイチの身体性を際立たせるためには、極力、特撮は抑えるべきだったと思う。劇画と実写はそもそも同じ位相にあるわけではない。特撮を駆使して秘術を忠実に再現したとしても、それは、カムイの存在性を活写したことにはならないからだ。

 映画公開に合わせて白土三平は、九年ぶりの新作を発表した。「カムイ外伝 再会」と題された作品である。カムイの幼馴染で抜け忍の伊児奈を中心にした物語で、副題は、カムイとそして兄の隼人との再会を意味している。モチーフには、映画の原作となった「スガルの島」との共通性を見て取ることができるかもしれない。
 だが、わたしは、この九年ぶりの新作「カムイ外伝 再会」に対しても、いい澱んでしまう感慨を抑えられなかった。あえて、明快にいうならば、もはや、わたしたちが感受してきたカムイは、何処にもいないということだ。開拓地農民を描いていたとしても、そこには、虐げられていながらも快活な民衆の熱気といったものを描出していたかつての作品群とは、大きな異和を現出させている。あたかも、それは、『カムイ伝 第二部』が、物語的隘路に入ってしまったことに通じている。
 最後の丸太に仰向けになりながら川を下っていく画像でのカムイのモノローグは、こうだ。「いい風が吹いている……」、「たまにはこんな風に身をまかせるのも……」。これは、もはや抜け忍・カムイではない。流浪の人・カムイというべきだ。
 カムイが達観して漂流する時代は、まだまだ先だ。わたしたちは、カムイとは違う道筋で、未知へ行くだけだ。

(『走馬燈 第4号』10.5)

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2009年9月13日 (日)

つげ義春「窓の手」について

                  ★

 〈戦後〉という言葉をある文脈のなかで配置した時、わたしたちはどんなイメージを抱くことになるのだろうか。世代間での差異があるのは、当然だとしても、イメージは、どのようにでも可能なのだ。まだ生々しく実感する世代から、遠い古代史のような想いを抱く世代まで、いずれにしても、それは時間概念として感受される場合が多いかもしれない。十五年戦争、あるいはアジア太平洋戦争が終結して六十年以上の時間の経過は、戦争期の記憶それ自体をも必然的に風化させていくことになる。確かに、時間概念としては、そうなのだが、それでも、なおリアルな実態性を喚起させ、〈戦後〉ということの実相を掘り起こすことは、現在を見据える意味において、極めて重大なことだとわたしは考え続けている。なぜなら、〈戦争〉の後ということを示唆する〈戦後〉は、いまなお、浮遊する言葉としてあるといっていいからだ。あるいは、〈戦後〉という時空間は、変容し、ある意味では風化していくとしても、内在する位相それ自体から、普遍視線を取り出すことができるといいかえてもいい。つまりこういうことだ。〈戦争〉は、なにも十五年戦争、あるいはアジア太平洋戦争だけが、〈戦争〉ではない。世界規模に拡大した〈戦争〉は、この六十年以上、生起していないとしても、〈戦争〉は、依然、連続して世界域で起きているし、それは、終わりのない〈戦争〉としてあり続けている。そして、〈戦後〉というものは、そういう意味でいえば、終わることのないものとしてあるのだ。
 例えば、格差社会といわれ、現代の貧困といわれる現在を、吉本隆明は、「第二の敗戦期」と捉えている。
 「この四、五年で、日本の『戦後』が終わり、新しく『第二の敗戦期』とも呼ぶべき段階に入ったのではないか――僕はそんなふうに捉えています。」「戦中派である僕らの世代は、本当の飢えを知っています。」「働いてもプアだということはあるにしても、まだ比喩的な要素が強く、文字通り飢えたという実感を持つ若い世代はそれほど多くはない。本当の意味で貧しい育ち方をしてきたわけじゃないから、本当の問題は貧困というより、何か人間の精神的な抵抗力が弱くなってしまったことにあるかもしれません。」(「『蟹工船』と新貧困社会」―『貧困と思想』〇八年十二月刊、所収)
 ここで、吉本が述べている言説に敷衍していうならば、〈戦争〉、〈戦後〉概念を大きく拡張していることに注視すべきである。〈戦争〉というものは、国家間、あるいは民族間だけで生起するものではない。社会内、共同性内、親近なる関係性内であっても、〈戦争〉というものは露出しうるし、それは幻視できるものなのである。そして、わたしの考えでは、〈戦争〉と〈戦後〉は、時間軸として分断しうるものではなく、連結したものと見做すべきなのだ。それは、戦争終結直後期だけが、〈戦後〉を意味することではないということにもなる。だから、〈戦後〉というものには、絶えず、〈戦争〉が胚胎していると考慮しながら、変容を強いられる〈戦後〉という時空間を、幾つかの断面に割って、見通すという視座が必要である。そのうえで、〈現在〉ということを、切実な地平へと押し出していくべきなのである。吉本がいう、「第二の敗戦期」という言葉の深奥には、そのようなことが、含まれていると、いっていいはずだ。

                 ★

 一九八〇年、『カスタムコミック』三月号に発表された、つげ義春の「窓の手」という作品は、一連の夢作品といわれるものとは、異質な光彩を放っていた。それは、つげ作品にあっては、めずらしく〈戦後〉ということが、作品モチーフとなっていたからである。
 銀行とおぼしき建物のなかで、何人かの男たちが働いている。開けた窓から風が入ってきたので、閉めようとしたら、窓枠の下方に手袋のようなものが二個、置いてあるのを見つける。しかし、それは、手袋ではなく、まぎれもなく人の手だった。行員たちは「窓から手が生えている」といって驚くものの、なぜか、極めて冷静に行動するのだ。色白の女性の手だと観察したり、窓の下の壁を破って、中を調べ、何もないのを確認したりする。そして、入れ歯を一個、見つける。やがて、復員服のようなものを着た男が、訪ねてくる。“窓の手”を見て、「白人人種のものではないか」といい、落ちていたという入れ歯を見せてもらい、それを受け取ると、自分の歯のなかに嵌めこんでしまうのだった。そして、男はいう。
 「この手は/グロリアだ」「グロリアに/ちがい/ない」「ああ/懐かしいなァ/………」
 その後、男は行員に「戦後まもない」頃のことを語って聞かせていく。この男は、当時、銀行の向かいに建っていたビルのなかにあった貿易会社の社員であった。やがて「上陸してきたアメリカ軍」が、そのビルをスパイ活動のための極東本部にして、同時に、貿易会社の社員たちも、「スパイに仕立てられて」いったという。なぜか、「スパイになる手続きとして指紋と歯型をとられ」る。だが、「スパイ活動は一度も指令されず」に、三年間が過ぎ、歯型を採取した上司のイギリス人・サンダーソン中尉は、本国へ帰国する。入れ代わりに配属されてきたのが、同じイギリス人女性のグロリアだった。グロリアは、重い病気に患っているようで、ビルの一室に隔離されたままだった。男は、「孤独なグロリアが気の毒に思え」て、部屋を訪ねていく。男は、グロリアの奥歯が入れ歯であることを聞いて、その入れ歯を自分の奥歯の位置にはめ込んでみると、ピタリとおさまったのだ。グロリアから入れ歯を借りて、入れたまま二、三日過ごしていると、サンダースが戻ってきて、グロリアの入れ歯をしているのを見咎める。「敗戦国民の/くせに/なれなれしい/まねするな」の罵られながらも、男は、歯型が自分のものだから、入れ歯も自分のものだと主張するが、「本国に」問い合わせて、「回答があるまで」グロリアに返しておくように命ずる。その後、グロリアは、行方不明となる。銀行に入っていった後姿が、男の見たグロリアの最後だった。こうして回想が終わり、男は銀行員にいう。
 「人目を/さけて/こっそり死んだ/のでしょう」「しかし/遠い異郷での/さみしさに/たえられず」「それで窓から/出ようとしたの/ではないで/しょうか」
 そして、男は、「戦後三十年/私の戦後は まだ/終わっていない/のです」といいながら、“窓の手”のグロリアに別れを告げて去っていく。
 〈戦後〉というモチーフとともに、超現実的なストーリーながらもリアルで重厚な画像によって描出されたこの作品について、後年、つげ自身、幾つかのことを語っていて、興味深い。
聞き手・権藤晋に「『窓の手』以前の夢ものと絵柄」の違いを聞かれ、つげは、「夢の中でも荒唐無稽が少なくわりとシリアスだった、戦後風景なので重厚にきっちりと描く方がふさわしいと思った」(『つげ義春漫画術・下巻』)と述べている。そして、次の様に率直に語っている。
 「夢にしてもまったく不思議で、なぜこんな夢を見たのか理解できないことですけど、戦争や戦後がぼくの深層におよぼした影響が出て来たのかね。(略)ぼくは戦争批判を表層的にとらえるのは嫌いです。政治意識や知性のない庶民は深層で何か深い傷を負っているのではないかという気がするんですが。」
 つげがこのように自らの体験を、戦争や戦後ということに絡めて語るのは、極めて稀有なことだといえる。それは、この作品が、いかにつげにとっても重要な作品であったのかということを示唆するものだといえるような気がしてならない。「戦争批判を表層的にとらえるのは嫌い」であると述べながらも、「敗戦国民の/くせに/なれなれしい/まねするな」と、サンダースにいわせ、「戦後三十年/私の戦後は まだ/終わっていない/のです」と男に吐露させるのは、つげ作品のなかでもめずらしい直截ないい方でもある。終戦時、八歳であったつげは、世代的にいえば、自ら語るように、戦争や戦後が、自身の深層に深い影響を与えたことは、確かである。
 それまでの夢作品では、必ずといっていいほど描かれる直截的なエロス性が、この作品にないことも、異彩をもたらしている、もうひとつの事由だといえそうだ。
 「主人公とグロリアの入れ歯が合致する」ということが、つげ自身によれば、エロス性の象徴ということになるようだが、わたしは、むしろ、終景の〝窓の手〟の別れを惜しむ手の動きの方に、哀切感とともに、奇妙なエロス性を感受したと記憶している。それは、かなり意識的に書き込まれたシークエンスだったといっていい。
 だからこそ、二人を、「もっと深い男女の関係のような気もして、哀切に描きたかったですね」と、つげ自身は述べているのだ。

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 わたしが、「窓の手」という作品に、リアルタイムで接した時、当然のことながら、大きな衝撃を受けたといっていい。例えば、つげ忠男の「屑の市」(『夜行 第一集』七二年四月刊、所収)に接した時の衝撃とそれは近似していた。一九八〇年という時制は、まだ、「窓の手」や「屑の市」に潜在しているモチーフを切実なるものとして、感受できる情況にあったからだといえる。そして、さらに三十年近く時間が経過し、いまあらためて、「窓の手」という作品に、向き合った時、わたしは、不思議な感慨が沸きあがってくるのを抑えることはできなかった。真っ先に感じたことは、この作品の時制は、いったいいつなのかということだ。主人公の男に、「戦後三十年」といわせていることから、作品上では七五年ということになるわけだが、それにしても、いかにも、「戦後まもない」頃といった雰囲気を描出しているといえる。もちろん、夢を素材にした作品であることを承知の上で、そのことを捉えようとしているのだが、この時間性と空間性の齟齬が、〈戦後〉という問題の迷宮性をあえて露出させているとわたしには思えてならないのだ。あるいは、風化しきれないままの〈戦後〉の浮遊性といってもいいかもしれない。
 現実的な場所では、例えば、「戦後は終わった」、「戦後政治の総決算」、「戦後レジームからの脱却」といった妄言を発しながら、〈戦争〉と〈戦後〉を風化ではなく無化しようとした、時の執権者たちがいた。なぜ、〈戦争〉、〈戦後〉、そして〈現在〉へと連結しているはずの時空間というものを措定することなく、ただ分断して〈戦後〉という所在を否定しようとするのだろうか。もちろん、それは、〈戦争〉によって帰結した〈敗戦国(民)〉という汚名を拭い去りたいからであろうし、廃墟での混乱、悲惨、飢餓といったことから、物質的な豊かさを獲得したことによって脱却したと単純に判断したいからだともいえる。だが、どんなに時間が経過しようとも、戦前の生活より、現在の生活が上位にあると考えようとも、〈戦後〉というものは、わたしたちの精神の内部にあっては、拭いがたく在り続ける〈痛痒なる襞〉のようなものなのだといいたい。
 三十年後であるにもかかわらず、「戦後まもない」頃の風景に置かれた「窓の手」の主人公に、つげは、「私の戦後は まだ/終わっていない/のです」と語らせているわけだが、実は、二重にそのことを告知している構造を、この作品は採っていると、捉えてみたいのだ。つまり、男が、〝窓の手〟になったグロリアに、入れ歯をはめながら、別れの言葉を告げて去っていく。それに対して、〝窓の手〟は、涙を流しながら、手で男が去っていくのを引き止めようとしているかのように、描かれている。入れ歯は、二人のエロス性の象徴であるかもしれないが、もうひとつ別様にもいえる気がする。それは、〈戦後〉の表層的な豊かさを表象しているものとしてあるというように。だから、入れ歯を再び手に入れて去っていく男は、〈戦後〉を終えようとしているのだ。だが、“窓の手”だけは、終わらない〈戦後〉というものを受苦していくことになるのだと、この作品の終景を通して、わたしは、あらためて読み込むことになったといっておきたい。

(『走馬燈 第3号』09.9)

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2009年3月15日 (日)

彷徨する思惟

     ★

 「あなたはどんな方ですか、と問われるのはうんざりだと、何度も言っておられますね」と聞き手は、述べる。そして、「それでも敢えてお尋ねします。あなたは歴史家と呼ばれるのをお望みですか」と問い掛けていく。それに対して、歴史家の仕事には関心はあるが、自分がやろうとしていることは、もっと別のことだと応答するのは、ミシェル・フーコーである。聞き手は続けて、哲学者と呼ぶべきでしょうかと、重ねて問うと、自分がやっていることは、いかなる意味でも哲学ではないと答える。たまらず、聞き手は、ではどう呼べばいいのでしょうかと、執拗に問い掛けていく。フーコーは、こう答えていく。

  「わたしはいわば花火師(アルティフィシェ)です。」

 フーコーが発語する思惟の断片は、鮮やかだ。歴史家でも哲学者でもなく、自分は「花火師」であるという時、凡百の、あるいはわたしたちなどが、気取って職人気質を称揚していう場合とは違う断面を切り取って見せている。フーコーが、ここでいう「花火師」というのは、「私のディスクールは一つの武器のようなものなのです。あるいは火薬の詰まった袋のようなもの、火炎瓶のようなものです」という思いを込めた「爆破技師」に近いのだ。夜空に上がる煌びやかな「花火」をイメージしてはいけないのだろうか。もちろん、イメージしてもいいのだが、花火を「打ち上げる」ということは、煌びやかなものとは反転したものを実は内在しているのだということを了解すべきなのだ。つまり、ただひたすら「火薬」を仕掛けるということであり、それは、戦争で武器を発火することと大差はないといえることなのだ。パラドキシカルなアルティフィシェというタームは、フーコーらしい言説の立て方であり、フーコーが「花火師」もしくは、「爆破技師」と自分をなぞらえるとしたならば、それは、既存の言説を無化して、いわば、煽動家として立ち振る舞うことを潔よしとすることであるに違いないと思っている。

       ★

 権力を網の目のように遍在するものとして捉えたのはフーコーだが、わたしは、このことを、権力論を超えた権力論だと思っている。マルクス主義者からアナキストまで、あるいはブルジョワ権力から反権力まで、権力の可否を問う喧しい論議は果てることなく続いてきた。わたしは、どれも駄目、これも駄目と思い続けてきた。一見、解答不能、絶望的認識に近い、フーコーの権力論だが、わたしには、そうは思わない。「『権力は必要なのか、それとも不要なのか』と問うべきではないと思います」とフーコーはいう。「権力は非常に遠いところまで及ぶものであり、きわめて深い場所にまではいりこむものです。権力は毛細血管のようなごく細い管で構成されたきわめて密なネットワークで運ばれるものなので、権力のない場所などあるだろうかと問いたくなるものです」と述べていく時、権力なるものへの透徹した認識をそこにみることができるのだ。なぜなら、フーコーの権力分析は、そこに知への反措定というべきことを意思表示しているからだ。わたしが、フーコーの権力論に論拠を得たいと思うのは、「知」を「権力」と同位相として括って、そこに権力の本源があると見做していることにある。わたしたちは、何かを他者に対して指向しようとする時、例え善意という意識をもってしたとしても、それはいつでも悪意に転位することがあることを知るべきなのだ。他者に何かを強いるということは、無意識下においてもありうることであり、人と人との関係性というものは、対峙した段階においてある種の権力関係が生起することを了解すべきなのである。そして、そのことの了解領域からしか、権力関係を切開し、無化していく方途はないのだという思いを、わたしは抱き続けている。

      ★

 木村カエラの歌『どこ』を聴いた。何か懐かしさを喚起するメロディーに乗って、刺激的な詞(ことば)(作詞・渡邊忍)が響いてきた。「感情」、「恋情」、「実情」、「温情」。これらが、断続的に、いい切りで唄われる。特に、「レンジョウ」と「オンジョウ」には、不思議な響きを湛えていた。いったい、この混沌とした「情」とは何だろうかと聴きながら思った。「感情」と「恋情」は、詞(ことば)としてはそれほど奇異ではない。だが、「実情」と「温情」となれば、幾らか違うイメージが付加されてくる。それは、わたしたちを取り巻く現況において、最も遠い言葉のような気がするのだ。「実情」とはなにか。弁明される現実なのだろうか。あるいは、現在を糊塗するための言い訳なのか。「温情」とはなにか。容赦することの善意か。そんなのは、もうないといい切れない何かを喚起するための方便か。わたしは、カエラの声に聴き入りながら、何処か彷徨する気分でいることに気づいていた。そして、彷徨いながらも思惟の底に貼り付いたカエラが発する言葉を転倒させたらどうなるかと思いついたのだ。「感情」を「情感」に、「恋情」を「情恋」に、「実情」を「情実」に、「温情」を「情温」と反転させた時、奇妙な語感がやってくることに気づき、戸惑ってしまった。そしてやがて、「情恋」と「情温」の狭間に何かが、あるかもしれないと、思い起こしたのは、この思惟の断片を刻む直前のことである。

(『走馬燈 Φ2』09.3)

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