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2021年10月 1日 (金)

『虚無思想研究』20終刊号の発刊

 『虚無思想研究』は、八一年十二月に創刊。『虚無思想研究』編集委員会の発行で、編集長は大月健。年に一、二冊刊行からやがて間隔を空けての刊行が続き、第十九号が〇五年二月に発行された後、休刊となる。大月健は個人誌『唯一者』を九七年四月に創刊し、第十二号を一二年五月に発行。だが、一四年五月十七日、大月健は逝去。『唯一者』は、一四年十月に刊行された第十三号が終刊号となった。本誌には、『唯一者』総目次が挟み込まれていて、そこにはわたしの二人の友人の名前があった。第二号にちだきよしの名前があり、驚いた。第十二号は、うらたじゅんから送られてきた。二人とは、もう会うことは出来ない。
 本書は、十六年後に終刊号として刊行されたことになる。辻全集未収録作品を再録し、大月が創刊号に発表した「マックス・スティルナーと辻潤」をはじめ、寺島珠雄の「辻まことさんとの断片」など、六編が再録されている。さらに巻末には横組みで大月健「辻まことからみた父親 辻潤」、下平尾直の大月健『イメージとしての唯一者』の書評など他誌紙で発表された論稿を収録している。
 わたしは、幸徳秋水や大杉栄より、辻潤に関心があった。それは、十代後半(時期的には六十年代後半)に、秋山清の『ニヒルとテロル』に接したからだ。
 「巨大な国家権力やそれを支配する組織、これらの、到底及びもつかぬ相手に手袋を投げて、辻は退却したのである。自分の滅亡を覚悟して束の間の惰眠をむさぼることに意義を見いだしたのは、勇ましい改革者たちの夢を軽蔑したのではなく、その最大のものは、自分自身であったであろう。その自覚が辻潤の一切の生き方を支配したと私には見える。」(「ニヒリスト辻潤」)
 辻潤の死は、〝餓死〟である。そのことになにがしかの意味を、わたしは見出したいとは思わない。ただ、辻潤は自分自身を凝視続けていったといいたいだけだ。
大月は、次のように述べていく。
 「(略)「唯一者」が「唯一者」として生きる時、それなりに似た部分が生ずる。「唯一者」は「万物は己にとって無だ」といいきることの出来る者である。国家を否定し、宗教を否定し、そして、社会をも否定する。こういう「唯一者」が現実の世界と関わりをもつ時、それは悲惨な生涯を送るしかない。しかし、「唯一者」自身にとって、それが悲惨と意識されているかどうか判らない。自分自身を生きる、それがどのように過酷であろうとも後悔することはない。」(「マックス・スティルナーと辻潤」)
 確かに、「後悔する」ことこそが悲惨なのだ。だから例え重苦しい様態であったとしても、あるいは小さな通路かもしれないが、そこから明るい兆しが見えるときがある。いやあるはずだとわたしなら思い続けたい。

※発行・浮游社[〒八一四-〇〇二三福岡市早良区原団地十一棟一〇一号室(浮游庵)・郵便振替00970-6-47825・定価二〇九〇円(税込)]

―――月刊情報紙『アナキズム』第十九号・21.10.1

 

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