« 2021年7月 | トップページ | 2021年10月 »

2021年8月 1日 (日)

平手友梨奈試論

 平手友梨奈とは誰か。いや、具体性を帯びない言い方をすれば、「何か」と言ったほうがいいかもしれない。「何か」とは、〈有様〉ということを含むとして、まずそのことから、分け入ってみたい。
 平手友梨奈は、一五年、欅坂46の一期生オーディションに乃木坂46のファンであった兄に勧められて応募し、八月、合格。平手は、〇一年六月生まれだから十四歳、中二だった。一期生のなかでは最年少である。その頃の映像を見ると、顔はふっくらとして、よく笑っている。プロデューサーの秋元康はなぜか、最初から平手をセンターに置き、AKBグループや乃木坂とは明快な差異化をし、激しいダンスと意思表示を込めた苛烈な詞を乗せた歌を唄わせていく。安倍晋三に接近し親近なる関係を築いた秋元康とは思えない詞の世界なのだ。
 秋元は、八五年、アイドルグループのおニャン子クラブをプロデュースした。その解散後も、いくつかのグループを作ったが、成功していない。二十年近い年月を経て、〇五年、AKB48を登場させる。わたしは秋元の持っている才能を評価していたから、必然的にAKBに関心を抱くことになる。その後、AKBをいくつかのグループに派生させていきながら、坂道グループを表出。一一年に立ち上がった乃木坂46は白石麻衣(二〇年、乃木坂を離れる)を中心にして、独走していく。AKBグループは乃木坂の後塵を拝するようになる。
乃木坂46以後に位置づけられる欅坂46は、平手の存在、有様を据えて異彩な展開をしていく。
 デビューシングル『サイレントマジョリティー』(一六年四月)は、ややおとなしいが、AKBグループや乃木坂46に比べれば斬新さは感じられた。上半身を動かし、列の真ん中を手前に歩いてくる平手は微かな笑顔を瞬間、垣間見せながらも、動きには乱れがなく、堂々としている。まだ、十五歳になる前だとは、とても思えない。歌詞のもつ世界が、平手の登場によって、いい意味で変容したといえる。それは手の動き、顔の表情、身体から発せられる鮮鋭さによって、秋元の考えを超え、リアルなものとして、表出されている。
 『サイレントマジョリティー』リリースの一年後、『不協和音』(一七年四月)では、さらに苛烈化していく。拳が突き出される。平手の表情が違う。前髪が額を覆うようにしている。視線の鋭利さが違う。拳を突き出したまま立っている平手の所に他のメンバーが駈けてきて集まる。
 「僕はYesと言わない/首を縦に振らない/まわりの誰もが頷いたとしても/僕はYesと言わない/絶対   沈黙しない/最後の最後まで抵抗し続ける//叫びを押し殺す/見えない壁ができてた/ここで同調しなきゃ裏切り者か/仲間からも撃たれると思わなかった/僕は嫌だ」(作詞:秋元康)
 平手だけが突出してダンスの苛烈さが際立っている。そして、「僕は嫌だ」と叫ぶ平手の声が耳から離れない。時空間を一気に飛翔したかのようにわたしには感じられた。香港の活動家・周庭が留置所で何度も『不協和音』を歌い続けたと報じられたのは、昨年の八月のことである。
 後年、欅坂のキャプテン・菅井友香は、次のように語っている。
 「『不協和音』の時、目を合せてくれなかった。」「いままで出会ったことのない天才的な子だから、感情が豊かだから、人の心とか、空気感を敏感に察するのかなと思います。」(『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』)
 菅井友香は、平手より六歳年長だから、平手を冷静に見ていると思うが、平手が抱え込んだものまでを見通すことはできないだろう。『不協和音』の平手のダンス表現は、他のメンバーとは明らかな次元の違いを漂わせている。視線はカメラの方を見ているようで、実はその先を凝視している〈意思〉を感じないわけにはいかない。その先には何があるのか、混沌、混乱、あるいはアナーキーか。平手以外の他のメンバーからは残念ながら、なにかを感じ取ることはできないのだ。
 『不協和音』から一年後、『ガラスを割れ!』(一八年三月)を放たれる。ここまでくれば、平手は行き場がなくなるのではと、わたしなら思わないわけにはいかない。
 「川面に映る自分の姿に/吠えなくなってしまった犬は/餌もらうために尻尾振って/飼い慣らされたんだろう/(略)/今あるしあわせにどうしてしがみつくんだ?/閉じ込められた見えない檻から抜け出せよ//Rock you! /目の前のガラスを割れ!/握りしめた拳で /やりたいこと やってみせろよ/おまえはもっと自由でいい 騒げ!」(作詞:秋元康)
 映像で見る平手を、わたしは〈少年〉のようなイメージで捉えるつもりはない。むしろ、〈性〉を超えた〈有様〉として見做したい。そこではなにが胚胎しているのか。苛烈さを、単に「ラディカル」なこととしてしか受け取れない人たちには見えてこない、この先を見通す確かな潜勢力こそがそこには潜んでいるのだ。
 だから、平手が、今後、わたし(たち)に見せてくれるものは、まったく未知の〈世界〉かもしれない。
 だが次のような応答に接すれば平手の欅坂以後の〈有様〉と〈立ち位置〉のようなものが伝わってくる。
 「自分は何事もそうなんですけど、自分一人で決めることってほとんどなくて、(略)自分の意見は持ちつつ、周りの人の意見を聞いた上で決めることが多いです」「何を伝えたいか、何を届けたいか、というのは毎回考えていますね」「最終的にあるゴールや目的をちゃんと把握してからじゃないと私はやれないです」(『朝日新聞』二一年五月二二日付夕刊)
 二十歳になった平手友梨奈は、間違いなく〈個〉への確信と〈共同性〉への共感力を獲得しつつあるように思われ、関心が尽きることはない。

―――月刊情報紙「アナキズム」第十七号・21.8.1

 

| | コメント (0)

« 2021年7月 | トップページ | 2021年10月 »