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2020年7月 1日 (水)

映画『半世界』、溢れる関係の物語

 監督・脚本の阪本順治にとって、「世界」という言葉は、覇権主義国家の為政者たちの使うものとなっているという考えがある。だから「半世界」は、〝もう一つの〟、あるいは〝別の〟、〝ほかの〟世界ということを込めているのだ。直截にいえば、「反(もしくは叛)世界」がいいかもしれない。作品の後半で、父親の仕事を自分の意志で継いでいる炭焼き職人の高村紘(稲垣吾郎)が、自衛官を辞め、妻子とも別れて八年ぶりに帰郷した沖山瑛介(長谷川博己)に向かって、「こっちも世界なんだよ」と言い放つ場面がある。
 これは、それ以前に、「おまえらは、世間しか知らない、……世界を知らない」と瑛介にいわれたことに対するものだった。瑛介のいう世界とは何を意味するのか。それは、海外派兵にまつわる世界のことである。彼らにはイラクと南スーダンから帰還後、五十六人もの自死という現実が、その世界には含まれている。もう一人、父親が経営している中古車販売を姉とともに手伝っている岩井光彦(渋川清彦)を含めた三人は小中学校が一緒という幼なじみの友人で、まもなく四十歳という年齢だ。
 作品は阪本の言(「映画芸術」四六六号)に添っていえば、〝土着の共同性(関係性)〟を照射していくことになる。もちろん、〝土着〟といっても、ひとつの象徴性を含ませているのだが、紘の仕事からいえば、わたしなら柳田國男の『山の人生』を想起したくなる。そこには孤独できつい手仕事のような様態がある。紘は、瑛介を喚起する気持ちで自分の仕事を手伝わせる。やがて、少しずつ慰藉されていく瑛介の心性が伝わってくる。「世間しか知らない、……世界を知らない」と言ってしまったことをどこかで押し込めておきたいとするかのように、表情も緩やかになっていく。しかし、ある日、光彦の販売店で客とトラブルになっているところに、紘と瑛介が乗っていた車が通りかかる。瑛介は急にそのなかに入って客と殴り合いになる。瑛介が〈狂気〉を表出した場面だ。瑛介の世界がついに破砕したのだ。それは瑛介の知っていた世界は世界ではなかったことになる。
 この作品では、もうひとつの世界も描かれる。紘と妻・初乃(池脇千鶴)と中学生の息子・明(杉田雷麟)の家族という世界だ。しかし、穏和で親和性に満ちた家族とは違う、危うい関係性が織りなしていくのだが、初乃の存在がこの映画では大きな有様として描かれていることに、わたしは阪本順治の物語力を感受した。
 物語は三カ月という短い時間性が横断している。しかし、紘の炭焼き小屋での突然死によって溢れる三人の関係性は閉じることになる。
 瑛介は、紘の死をかみしめるように「こっちも世界」かと呟く。
 息子の明は、一人で炭焼き小屋にやってくる。ランチボックスとグローブを持ってきている。小屋に吊り下げているサンドバックめがけてパンチを激しく撃っていく。
 もうひとつの「半世界」が始まる。

(月刊情報紙「アナキズム」第四号―20.7.1)

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