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2019年10月19日 (土)

八木幹夫 著『郵便局まで』(ミッドナイト・プレス刊・19.9.1)

 八木幹夫の詩篇に接するといつも、いいようのない心地いい感慨に浸ってしまうことになる。例えば、「こどもを抱いた/こぶりのスイカのような重さだ」で書き出される詩篇「西瓜のひるね」は、次のような言葉が、わたしを未知の時空間へと誘っていく。
 「みずみずしいスイカの香りと/ミルクの匂いが/部屋いっぱいに広がる/笑顔のしらが頭が/スイカを抱いている/(略)/発熱する/子供のあたまよ/団扇の風に/冷やされて/ねむれ スイカよ/いっしょに わたしも」
 「こども(孫)」を抱きながら、「こぶりのスイカ」へとイメージを拡張していく、「しらが頭」の「わたし」は、自らが慰安する場所を「西瓜」へと象徴化していく。別様にいうならば、詩語を重層化させて不思議な物語を生起させていくのが、八木幹夫詩の魅力だ。だから、「ねむれ スイカよ/いっしょに わたしも」と発せられる時、「西瓜のひるね」という寓話的表象は、一気にイノセンスな空間をかたちづくって、わたし(たち)も慰安の場所に立つことになる。
 「草がやさしいというのは嘘だ/(略)/旅人のころもに/飛びついて/旅をする/世界の果てまで/海のある断崖まで」(「くさ」)
 「くさ」という詩篇の書き出しは「草は凶暴なものだ/アスファルトをひっくり返し/文明を数百年で滅ぼし/鬱蒼とした森をつくる」である。逆説的などという皮相ないい方はしない。なぜなら、八木の視線は、無条件に自然的なるものに信仰を抱くことへの疑念だといえるからだ。文明信仰も自然的なるものへの信仰も心性としては等価だ。文明は人間が長い時間をかけて作り出したものだ。自然もまた人間の共感性なくして永続的な時間を有することはできなかったといっていい。本来、対立するものではなく共生していくものでなければならない。
 「昶さん 娘たちがこよなくあなたを愛していました/あなたの詩など一篇も読んだことのない娘たちが/それはあなたの人柄だった/詩人という構えを脱ぎ捨てて/我が家で娘たちにお話をしてくれた姿が今でも浮かぶ/「男っていうのはねえ とても怖いものなんだよお」/さよなら 決然と去っていった昶さん/詩人はいつも格好よくなくてはならない/明日 世界が滅びるとしても」(「時代の季語となった清水昶」)
 「男っていうのはねえ とても怖いものなんだ」と語る、やさしい清水昶の像が、八木の詩篇によって再生される。追悼詩としても、わたしの深奥を突く。
  「指は/鍵盤の上で/せせらぎのようにながれた/指は/鍵盤の上で/夕日のようにかがやいた/指は鍵盤の上で/恋人同士のように/はげしく踊った」(「ショパンのゆび」)
 「指」が、「せせらぎのようにながれた」り、「夕日のようにかがやいた」り、「恋人同士のように/はげしく踊った」りする。もちろん、ショパンのピアノ曲を想起すれば、そういうイメージは可能だが、言葉で表出できるのは詩人(八木幹夫)しかできないといいたい。「ショパンのゆび」は、一四年、ロシアのウクライナ侵攻に抗議して、無名のピアニストが軍隊の前でショパンの曲を演奏したことに想を得たと八木は記している。
 「路面はふんわりと雪につつまれた/誰も通らない道を戻ってきて/郵便局にむかう足跡に気付いた/(さっきここを過ぎたワタシのものだ)/振り返るまでもなく/雪は往路と帰路の痕跡を消していく/それがとても嬉しいことに思えた/雪よ ふれ」(「郵便局まで」)
 詩集名となっている詩篇は、山口県岩国市の知人から詩集が送られてきて、その礼状を出しに郵便局に向かったことをモチーフにしたものだ。「雪は往路と帰路の痕跡を消していく」ことに詩篇の作者は「嬉しいことに思えた」と発する。あまり人の通らない雪道を歩いて戻り、自分の足跡に視線を射し入れるということは、東北出身のわたしにとって、日常化したことで、どんな思いを抱いたのかは、いまでは記憶が消えている。この詩篇に接して、詩人の佇まいも含めて、率直に感嘆したことを記しておきたい。
 「また噓をついて一日を過ごしてしまった/また本当のことから遠ざかる/私は長い長い小説を書いて/赤の他人のように署名をする」(「冬のうた」)
 最後に置かれた書き下ろしの詩篇である。
 詩は一篇一篇がひとつの作品だ。だが、詩集に纏められた時、一篇一篇は、長篇小説の一章のように長い物語性を胚胎していく。八木幹夫の詩集は、わたしとって、特にそのことを強く感受させてくれる。それはたぶん、八木幹夫の優しさや淋しさといった感性が詩語のひとつひとつに潜在しているからだといいたい気がする。

(『図書新聞』19.10.26号)

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