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2019年8月 3日 (土)

坂本俊夫 著『おてんとうさんに申し訳ない 菅原文太伝』  (現代書館刊・19.5.20)

 俳優・菅原文太(一九三三~二〇一四)は、その最後の場所も含めて、わたしにとって最も大きな存在としてあり続けている。わたしが十代後半の時、つまり六十年代後半から七十年代にかけて、情況的なるものに切迫しながらも、東映の任俠映画(それ以前の股旅映画や日活の清順映画は再映で観ている)をリアルタイムで観て共感していた。そして、当然のごとく高倉健、鶴田浩二、そして藤純子の有様に魅せられてもいた。だが、七〇年三月に封切られた『緋牡丹博徒 お竜参上』(監督・加藤泰)での、青山常次郎役の菅原文太は、静謐ながらも、鮮烈に今戸橋の上でお竜(藤純子)に語りかけていく姿が、わたしには強く刻まれてしまったといっていい。
「やはり川はあるんですよ。クニです。北上川という川に。その川上の貧しい小さな村です。山も見えるんですよ。岩手山が。その山の見える林の陰の墓地におやじとおふくろが眠っているんですよ。」
 妹の亡骸をそこに埋葬するために、クニ(故郷)へ帰る青山とお竜の別れのシーンは、ひとつのラブシーンではあるが、わたしには、俳優・菅原文太の静かなる宣明とも思えた。そこでは、宮城県出身の菅原文太が東北へと視線を馳せるイメージを秋田県出身のわたしが共振していったからかもしれない。この青山の役は、高倉健にも鶴田浩二にもできない。菅原文太だからこそできるのだ。高倉健の二歳年下の菅原文太が以後、任俠、実録といったジャンル(境界)、さらには硬質、破天荒といった固定化された役柄を無化していくかのように、東映映画の秀作群を牽引していったとわたしは捉えている。
 本書では、『緋牡丹博徒 お竜参上』について、「『ぼく自身は、ひとがいうほど残っていない』と振り返る。『菅原文太が菅原文太として生きていないという感じが、いまだにぼくはしている』というのだ」と記述されていく。もちろん、あの役は思い入れのある役だったなどと語ったら、それは俳優としての有様を否定することになる。加藤泰作品の初出演は、『男の顔は履歴書』(松竹・六六年)の朝鮮人ヤクザの役で、静謐さとは程遠い役柄だった。加藤泰、最後の劇映画作品『炎のごとく』(東宝・八一年)の主役は菅原文太である。
 本書によれば、菅原文太にとって「印象深い作品」として、『現代やくざ 血桜三兄弟』(監督・中島貞夫、七一年)を挙げている。
 「『現代やくざ 血桜三兄弟』では、単なる演じ手としてだけでなく、程度はわからないが、意見を言って内容に関わることができた。中島とそういう関係ができていて、文太はそのような映画づくりに意欲を示していたのだった。だから、『緋牡丹博徒 お竜参上』では関わったという感が薄かったのである。」
 深作欣二は三歳上、鈴木則文とは同年、中島貞夫は一歳下ということで、同志的な連携が可能だったといえる。わたしは、中島貞夫との作品なら、『木枯し紋次郎』、『木枯し紋次郎 関わりござんせん』(七二年)と『総長の首』(七九年)を挙げたい。
 本書では、父親の事がかなり詳しく書かれていて、私には、未知のことが多かった。母親のことも含めて、妹の事にもう少し触れてくれればと思わないではない。しかし俳優・菅原文太の足跡が、さまざまな資料を丹念に辿りながら、見事な〈像〉を描出していく。
 本書の中で、最も印象深いのは松竹時代のことで次のように記述している箇所だ。
 「暇なときは、よく動物園に足を運んだ。『孤独をまぎらわすために檻の中のチンパンジーやライオン、クマなどを見ては独り言を言っていた』のである。/檻の中にいる動物たちを見ながら、文太は、『こいつらは一生、檻の中で生きるのか。その点、オレは幸福だ。まだまだ自由があるな』。それに比べると、『人間の孤独感なんかたいしたことないな』と思って、孤独感から立ち直っていた。」
 もちろん、本当に孤独感から解放されることは、難しい。それでも、そこで立ち止まるのではなく、少しでも歩を進めることは意味がある。動物たちに比べたら、「人間の孤独感なんかたいしたことないな」と思う菅原文太の方位に、わたしは共感する。人間も動物も孤独な生き物だ。だが、少しだけ違うことは、大きな群れ(関係性)でなくても、小さな群れ(関係性)で、慰藉されるのが、人と人の関係性といえるからだ。
 「文太が言う『おてんとうさん』は、『お天道様が見ている』で使われるようなすべてを見通す存在という意味も込められているかもしれないが、楽なことだけを、自分の楽しみだけを安穏と生きていったら、これまで有形無形に世話になってきた、任俠映画風に言えば、『世間のみなさんに申し訳ない』、あるいは、今日まで生かしてくれた社会に対して、何かしなければ申し訳ないという思いが、文太にはあったのだろう。」
 著者は、そう述べながら、「『おてんとうさん』は、まず『世間の人』なの」だと述べていく。わたしたちが、自分自身も含めて大衆とか民衆と見做しているものは、茫漠としている。「世間の人」もそういうことになるかもしれない。だから菅原文太の視線の先にあるのは、クニ(国家)ではなく、クニ(故郷=共同体)だと思う。沖縄の人たちにとって、本当のクニ(故郷=共同体)を手にするために、最後まで菅原文太が随伴したのは、青山常次郎の故郷への思いと通底していくのではないのかとわたしなら思いたい。

(『図書新聞』19.8.10号)

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