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2019年5月25日 (土)

堀江朋子 著『奥州藤原氏 清衡の母』              (図書新聞刊・19.3.20)

 多くの評伝やドキュメント作品の著書をもつ著者にとって、「初めての長篇時代小説」だ。ただし、わたしは未見・未読であるが、二、三の短篇の現代小説は発表したことがあるという。長らく、雑誌『文芸復興』で、「国見山幻想―北天の王安倍一族」を連載している著者にあっては、安倍一族以後に連なる藤原清衡の母(本書では亜加としているが、史料には安倍頼時の娘は、有加一乃末陪、中加一乃末陪などが記されている。しかし、著者によれば、「この時代を生きた安倍氏の女性たちの事が、文献資料には殆んど著されていない」という)を起点にして、十一世紀から十二世紀にかけて、わが列島の北方の氏族たちの絶え間ない激しい抗争を描きながら、必死に生き切った母・亜加と清衡を鮮烈に描像しているのが、本作品ということになる。
 亜加が、陸奥国亘理郡の郡司、藤原経清に嫁いだのは、十七歳の時だった。経清とは「親子ほど年が違う」が、亜加にとって、「父の匂い」がして親近性を抱いたことになる。父とは安倍一族を束ねる安倍頼時のことだ。
 「父は都ぶりを真似するのが、あまり好きではなかったが、香を焚くことを好んだ。(略)香を焚くと心が落ち着くと、父は言った。経清にも同じ匂いがした。政務は心が休まる時が無いのだ、と亜加は思った。」
 亜加が持つ優しい視線が象徴する場所だ。やがて、陸奥国を制圧したい源頼義・義家親子と安倍一族の長い戦い(前九年の役)が始まる。本来なら頼義のもとに参軍すべき経清であったが、「安倍氏の社会で、安倍氏の秩序の中で生きる道を選」び、安倍氏側へと就いた。
 亜加は、まだ幼い清衡とともに、逃避行をせざるをえなくなる。しかし、戦況は、安倍一族にとって敗残へと向かっていった。経清は、頼義に「投降の意を示したが許され」なかった。「お前の先祖は代々河内源氏の従者だった。それにもかかわらず、お前は、我が源氏を軽んじ、ひいては王を軽んじた」として、「残酷な処刑」となった。「経清は、薄れていく意識の中で、亜加に呼びかけ」る。
 「亜加、生きのびろ、清衡とともにどこまでも生きのびろ。清衡、清衡は大きくなったら必ず戦のない世の中を創るのじゃ。清衡頼むぞ。陸奥を平和な国にすることを。」
 亜加の過酷な逃避行はさらに続く。経清の思いへ通底していくかのように、自然のなかで心情を吐露していく。
 「自然の佇まいが、こんなに心に染みることはなかった。自然の巡りには、何の変わりもないのに、男たちは、土地や富を争って、何故、戦などするのだろう。自分の欲望の為に、何故、人を殺すのだろう。」
 もちろん、著者が亜加と清衡を巡る物語を本書で紡ぎ出すのは、歴史への鋭い楔を撃ちたいだけではない。例えば亜加の生地に流れる衣川の流れは、現在(いま)も同じように流れているはずだとわたしならいいたい。わたし自身、何十年も前に、その川の流れに接し、不思議な感慨を抱いたことをいまだに忘れることができないでいるからだ。自然は、変わらずにあるのに、人はなぜ、余計な欲望に惑わされるのかといいたい気がする。
 亜加は、列島の北方・陸奥国という大地の場所の安寧を希求し、安倍一族と対峙した清原武貞へと嫁ぐ。
 亜加の清衡への思いは、安倍と清原という陸奥国の二大一族を纏めて、中央政府(王権)との距離感を醸成する契機になったのはいうまでもない。しかし、安寧を求める亜加の思いは、武貞の急死で暗礁に乗り上げる。
 そして、いわゆる後三年の役が生起する。亜加と経清の子・清衡と亜加と武貞の子・家衡という、兄弟間の戦いとなる。やがて家衡は、本意ではないかもしれないが、母・亜加を死へと追いやり、清衡は義家の助力を得て、弟を死へ向かわせる。悲惨な抗争の後、陸奥の大地に戦いのない日が訪れるが、肉親の死はもとより、多くの〈民衆〉の犠牲を重ねていったことになる。
 「清衡は心を衝かれた。いちばんの被害者は陸奥の民ではないか。哀しみを背負ったのは土地を荒らされ、兵として徴用された身内を失った彼らではないか。自分の哀しみばかりにとらわれて、民のことを考えていなかった。彼らの為に、自分はこの国の再興に生命をかけねばならぬ。それが、生き残った私の使命だ。」
 やがて、清衡は母の願いを込めた戦いのない理想郷を平泉に作り、中尊寺を建立し、七十三歳で亡くなる。「母亜加の霊魂が還る所として建てた金色堂」に葬られて物語は閉じている。
 平安朝末期、北方では藤原四代が続き、中央政府(王権)は平家と源氏の戦いとなり、源氏が勝利しやがて源頼朝と義経との抗争が、再び平泉という場所に飛び火していく。ただし、わたしの歴史という時空への視線は鎌倉幕府の成立、つまり王権との距離感の生起にひとつの通路を見ていることを本書の読後の思いとともに述べておきたい。

( 『図書新聞』19.6.1号)

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