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2019年4月15日 (月)

日本アナキズム運動人名事典編集委員会 編       『【増補改訂】日本アナキズム運動人名事典』        (ぱる出版刊・19.4.20)

 十五年前に『日本アナキズム運動人名事典』が刊行された時、わたしには不思議な感慨を抑えることができなかったといっていい。それは、なぜこの時点で人名事典なのかということが、なかなかリアルなこととして了解できなかったもどかしさがあったからだ。
 前年の〇三年九月、大杉栄・伊藤野枝虐殺から八十年が経過したことへのイベント企画として「S16 - Reclaim the Life〈生の奪還〉─1923年大杉栄ら虐殺と今をめぐって─」が行われた。わたしは、わずかばかり関わっただけだったが、若い世代とのあらたな連携でなされたことに大きな刺激を受けたことを忘れないでいる。これは、〈アナキズム〉という思考の有様がイデオロギーや運動を推し進めていくための理念としてあったものから、もっと自在に、多様に受けとめていくことを可能にしていく方途を開いていったことを示していたといっていい。もちろん、情況的な背景としては、イラク反戦の渦動が大きなかたちで投射していたことも確かであった。
 「S16」に参集したメンバーと旧版『人名事典』の編集委員、執筆者が重なっていたのはいうまでもないが、“日本アナキズム運動”というカテゴライズに、いうなれば楔が撃ち込まれたことが大きな意味を持っていたというべきかもしれない。つまり、反体制といった曖昧な前提の揺らぎに対して、明確な立ち位置と意思表示をもって、対抗・抵抗の視線を射し入れていくというものだったということになる。
 人名事典というものは、本来、一人一人の顔や声や生き方の表象としてあるものを示してくれるはずである。あるいは動態としての人名が読み手に切迫してくることだといい換えてもいい。そういうことが、無意識のなかで、強いてきた事象が人名事典というものだったのだが、十五年前の旧版は、直截に鮮烈な印象を与えてくれたのは確かだったといっていいはずだ。
 そして増補改訂版が、十五年の時間を経て、いま刊行された。それは、これまでの時間性以上に難渋な様相を絶えず強いられてきたといっていいかもしれない。例えば、旧版が、「近代日本の民衆運動に大きな影響を与えた社会運動家や自由思想家、また台湾、朝鮮、中国などの活動家をも取り上げる」という「基礎情報を重視する立場を貫いた」(「増補改訂版刊行にあたって」)ことの意味は大きい。そしてバクーニンと安藤昌益が同等に扱われるといったことに、ある種の鮮鋭さはあったとしても、あるいは、まだ存命であった水木しげるが採り上げられるという画期性はあったとしても、それが本来的な意味での画期性とは違うという印象を与えたといってもいい。
 だからこそ改訂も大事な作業ではあったが、増補の重要性はなによりも切実なものとなったといえるし、約三千名から六千余名に増えたことは大きな意味を持つにいたったことになる。
 そのなかでも、多くの俳句表現者が採り上げられているのは異彩を放っている。もちろん、和田久太郎という存在は、わたし(たち)にとって大きな有様だが、俳句表現者として見做す時、幾らか角度が違ってくるといわざるをえない。だから、西東三鬼、鈴木六林男、高柳重信、富澤赤黄男、永田耕衣、平畑静塔といった俳句表現者たちを採り上げていくこの事典は極めて特異である。
 「57年『高柳重信作品集 黒彌撤』(琅玕洞)を刊行。この『序にかへて』で富澤赤黄男は『高柳重信の精神』はアナキズム的な『反抗と否定の精神』であると指摘した。(略)この『黒彌撤』の『黒』には23年1月に創刊された『赤と黒』をはじめ『黒色文芸』などに繋がるアナキズムの思想が認められる。(略)第一評論集『俳句評論 バベルの塔』(略)の巻頭の評論『敗北の詩』(略)では高柳は俳句を『敗北の詩』と呼び、俳句作家を『反社会的な』存在と捉える。そこには24歳のアナキスト・高柳重信の姿が『虚無的な教条の光芒の中』ではっきりと描かれている。」(「高柳重信」―平辰彦)
 わたし自身も重信俳句の世界に共感してきたつもりだったが、ここまでアナキズム的様相を色濃く見通すことができなかったといっていい。
 わたしは、一人の建築家に惹かれる。
 「64年『文明と建築』においてアナキズムへの関心を初めて表明、翌65年東京海上火災本社ビルの設計に際し美観論争が生じ、都および建設省との抗争は以後10年に及ぶ。68年に生じた大学闘争に深く関心を寄せ『孤立を恐れず、連帯を求める』に深く共感するとともに日大の自主講座に講師として参加した。日本における近代建築の確立と建築家の地位向上のために権力に屈することなく、また商業主義に流されることなくその思想と立場を貫いた。」(「前川國男」―奥沢邦成)
 前川國男邸はいま、東京都小金井市の小金井公園の「江戸東京たてもの園」に移築されている。わたしは、時々訪れているが、建築家の家というよりは、夫婦二人だけの理想郷の場所というイメージだ。
 広くアナキズムを包摂するという意味で、この人名事典は、多彩な幅を持っている。最もそのことを指し示す意味でも以下の人物を列記してみれば分かる。
 吉本隆明、谷川雁、花田清輝、対馬忠行、澁澤龍彦、滝口修造、石牟礼道子、赤瀬川原平、斎藤竜鳳、白土三平、マキノ雅弘、大島渚、若松孝二、永川玲二、中西悟堂と並べてみると、なぜ、アナキズムなのかと思われてしまうかもしれない。それは、それぞれの描出に接していただくしかない。
 増補改訂された本書は収録人物の多くの増量が最大の業績ではあるが、附録の関連機関紙誌一覧の充実(四五年から六八年が新たに加えられた)、二〇年設立の日本社会主義同盟の加盟者名簿を収録、人名索引の他に、機関紙誌名の索引も掲載している。
 巻頭に置かれた「増補改訂版刊行にあたって」は、「近代日本の歴史の中で自由と平等を求めて闘った有名・無名の活動家の足跡発掘と業績の顕彰に、この増補改訂版が役立つことを願うものである」という文章で締めくくっているのは、なによりも印象深いといえよう。
 二十年という長い時間のなかで、本書が結実したことに、敬意を表したいと思う。

(『図書新聞』19.4.20号)

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