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2019年2月 2日 (土)

末永史 著『猫を抱くアイドルスター』              (ワイズ出版刊・18.11.17)

 本書は、一八年一月に急逝した末永史の遺稿集である。わたしが、末永史という漫画家を初めて知ったのは、『COMICばく』(No・3、八四年一〇月~No・15、八七年一〇月)という漫画誌に掲載された作品によってだった。既に、『ヤングコミック』で、七一年から七三年にかけて作品を発表していたことは、しばらくして知ったことになる(漫画家としてのデヴューは、本書に収録した、六七年、『りぼんコミック』誌に掲載された「ハロー仲間たち!」)。
 それよりも、わたしにとって末永史といえば、「いま、吉本隆明25時」と題した二十四時間連続講演と討論集会(主催者、中上健次、三上治、吉本隆明)のことが、真っ先に想起される。このイベントは、八七年九月十二日から十三日にかけて東京・品川区寺田倉庫で行われたのだが、わたしは、夜通し行われた、この試みに仕事の都合で行くことができなかった。後に記録集や音源集(カセットテープ)によって、その内容に接することになるわけだが、イベントのスタッフのなかに、末永史の名前があり驚いたことを忘れることができない。しかし吉本隆明と末永史という繋がりに、意外性よりも、世代的にいえば、わたしもそうだが、必然的なものの方が、強く感じたのは確かだった。
 わたしと末永史との通交は亡くなられる前の数年間という短いものだったが、不思議な空気感を漂わせる人だったと、いまふりかえって思う。「いま、吉本隆明25時」のスタッフだったことについて尋ねたことがある。大学の先輩の味岡修(三上治)さんに頼まれて手伝ったけれど、あまり役に立たなかったと屈託なく述べてくれたことが、いまだに淡い印象として残っている。
 本書の編者でもあり末永史のパートナーである齋藤英二(敬称略)が本書の「あとがき」で、「武蔵野美術大学に進学するも(略)三ヶ月で(略)中退。翌年中央大学文学部国文科に入り、(略)当時は全共闘運動の盛んなときであり、彼女も中大全共闘(引用者註・ただしくは中大全中闘)に参画した」と記している。ほぼ、同時期にわたしは、末永史と同じ場所にいたことになる。
 末永史が、齋藤史子名義で小説を書いていたことは、もちろん本書によって知った。吉本隆明の『マス・イメージ論』、『ハイ・イメージ論』の雑誌連載時の編集担当者だった根本昌夫の小説講座に五年間、通っていたという。本書には、漫画家としての貴重なデヴュー作「ハロー仲間たち!」、『ヤンコミ』、『ばく』誌から三作品、エッセイ四篇とともに、小説作品が二作品収載されている。
 精選した三篇の作品の中で、『COMICばく』に発表した「鬼来迎の夏」は、何度読んでも深い感慨を抱いてしまう。「家庭の主婦的恋愛」よりは、わたしなら、「鬼来迎の夏」に末永史の世界が凝縮されているといいたい気がする。
 二篇の小説作品を読んで、あらためて末永史は傑出した物語作家だったと確信したことになる。ここでいう物語とは、たんにストーリー展開のことを意味しているのではない。劇画作品にもいえることだが、登場人物たちの台詞、つまり、〈語り〉が重層化されていくことによって物語をかたちづくっていくことに、末永の表現者としての卓抜さがあるといいたいのだ。
 「北風と結婚」(15年12月)は、意表を突く物語の始まりだ。二十代後半になった佑実が、年末、帰省して母親に、「暮れ正月のたんびに、いちいち帰省しなくたっていいのよ。今年は、義母様の手前もあるから、実家に帰るのはひかえるわとか、そんなことばでも言ってみてごらんよ。どんなにうれしいか」と切り出される。佑実は、「結婚と親孝行が同意語だったとはなんて奇妙な発見だろう」と考え、やがて二人の男性との間で揺れ動きながら、結婚という選択をしていくわけだが、母娘像といい、登場する二人の男性像といい、不思議な雰囲気を醸し出す末永史の筆致は、「小説家になるべくここ五年間ワープロをいじっていた」(「あとがき」)という熱情が凝縮されたものだと捉えてみたい。
 本書の書名にもなっている「猫を抱くアイドルスター」(17年5月)は、わたしのように登場人物を知っているものにとって、実写映像をともなったドキュメンタリーのようであり、物語の後半に至って急展開していくことに象徴されるように幻想譚のようでもある。
 「(略)ニャオ、ニャオと遠くで猫が啼いている。(略)大先生はあたりをはばかるように、語尾をひそめた。/ニャオ、ニャオ、ニャオという啼き声が近づいてきて、猫が大先生の膝に乗った。やさしい声で、/『おっ、来たか』とつぶやくと大先生は猫を触った。」
 猫が出てくる場面はここだけである。表題の「アイドルスター」とは、当麻先輩が「敬愛する評論家の大先生」のことであり、吉本隆明を像として活写している。当麻先輩は、味岡修(三上治)をモデルにしていて、他に作家の諏訪文兼は、中上健次だ。物語は、当麻先輩の死を予兆しながら、「私」こと「でか子」が、三十年前に当麻先輩から頼まれて、大先生と先輩の対談に立ち合い、そのときの音源(カセットテープ)を再現しながら猫を抱くアイドルスターを描いていく。大先生と当麻先輩の語り口は、まさしく吉本と三上の実際の語り口を彷彿とさせる。しかし、リアルでありながらも、どこかユーモラスな響きを醸し出させるのは作者の視線の鮮鋭さだ。憲法九条をめぐる語り、フーコーの死に際し語る大先生の声は、難解そうでじつは簡潔明瞭であるように読めてしまうのは、わたしの身びいきか。諏訪文兼の死、大先生の死、そして当麻先輩(念のために記しておけば三上治は健在だ)の死を記した後、「私」が脳腫瘍になる。そして、次の一行で、物語を閉じている。
 「しかしあきれることにそれから何年も私は死ななかった。」
 末永史が紡ぎだす物語は、作品が遺されてある限り、終わりはない。

(『図書新聞』19.2.9号)

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