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2018年2月17日 (土)

五十嵐勉 著『破壊者たち』(アジア文化社刊・17.9.7)

 五十嵐勉が著した本著を読み終えて、真っ先に思ったことは、なぜこれほどまでに苦悶する物語を、著者は描出しようとしたのだろうかということだった。
 物語(小説作品)というものは、現在と未来をどのように見通すことが出来るのだろうかというモチーフを有していると、わたしは理解してきた。だからといって予定調和的な展開であるべきだとは思わないし、押し付け的な未来像を見せられることを求めてきたわけではない。例えば、高橋和巳がかつて著した『邪宗門』(六六年刊)という小説を、救済のない、ただ破滅していくだけの物語だと、当時、多くの批判にさらされていたのだが、共感していた読者であるわたし(たち)は、けっしてそうは捉えてはいなかったのだ。なぜなら、マイナスの位相を集積していくこと(つまり、“敗北の構造”を徹底的に感受することで理解しうる道筋というものがあるのだという思い)によって、必ずどこかでプラスの位相へと転化していく可能性があるはずだと考えていたからだ。
 本書の物語は、三つの場所からの視線を交互に描きながら展開していく。「マネキン破壊のアルバイトという現在の東京」、七十年代中頃から生起したクメール・ルージュ(カンボジア共産党)に参加している一兵士の独白に添って描像していくカンボジア、四五年八月、ヒロシマに向かって原爆投下を任務とするエノラ・ゲイの機内というそれぞれの場所は、ひたすら大量破壊と大量殺戮へと向かっていく場所でもある。
 著者は、本書のなかに挟みこまれている冊子のなかで、次のように述べている。
 「原爆を落とす側、虐殺をする側には、何か共通するものがあるのではないか、という考えが以前からありました。大量破壊、大量殺戮に通底するものを小説という方法で探ることです。人間の意識には、戦争や集団の機能行為を通して出現してしまう危険なものが潜んでいる。それを抽出してみるという作業です。それは遠いできごとや行為ではなく、日常生活や普通の市民生活の中に、潜んでいる。」(「『破壊者たち』をめぐって」)
 破壊や殺戮をしながら、あるいは、これから膨大な無辜の住民の命を奪うため原爆を投下しようとしていながら、どこかで逡巡しつつ、自らの行為を正当化していく像をそれぞれ次のように著者は描出していく。
 「マネキンたちは、大きな群れとして僕と対峙し、(略)声は複数になり、そして不意打ちのようにあちらこちらから投げかけられてくる。(略)反感や非難は僕の体や頭や手足を打つが、僕はひるまない。むしろそれと闘うことによって、僕のパワーは大きくなり、よりいっそう熱い力が残酷さを増してマネキンの群れに向かっていく。」「いったんある線を越えてしまうと、人間は何か別なものになっていく気がします。それは人殺しの機械として機能していくことでもあり、何か麻薬のように、それをしないと落ち着かなくなるのです。(略)すでに私たちには大義はなく、(略)我々の生活とは死刑執行であり、首を打って穴の中へ投げ込むことが、仕事だったのです。」「おれはただ、『この作戦が成功すれば、終戦を早められる』という言葉を信じた。おれはそれをスチムソン陸軍長官からもじかに聞いた。おれは信じた。そのためだったら、どんな孤独にも耐えられる。おれは耐えた。だからこそこの空の青さが美しく思えるのだ。」
 破壊や殺戮をする行為を狂気性として捉えるとして、では、その狂気の始原つまり、狂気の母型とはなにかと考えてみる。誰にでも、狂気性は潜在しているのだと捉えていくならば、人間という存在そのものが、狂気の母型といえるのかもしれない。しかし、それでは堂々巡りでしかない。どこかで、それを転化する契機はあるはずだ。著者も、「日常生活や普通の市民生活の中に、潜んでいる」と述べるように、夫婦、親子、兄弟間であっても、命を奪う行為はあるし、突然、なんの関係もない人たちに襲い掛かって殺傷する事象も多くあることを考えてみれば、戦争や内戦だけが殺戮の場所ではないことは、自明のことである。しかし、それでもなお、〈死〉より〈生〉のほうが、「美しく思える」場所を紡ぎ出すことを、微力ではあっても、一人ひとりが日々想起していくことからしか、マイナスをプラスへと転化できないといいたい気がする。
 「集団の機能行為を通して出現してしまう危険」性と著者が述べているように、個が共同性のなかに置かれた途端、個の屹立性を喪失していくことを、わたし(たち)は知っている。だからこそ、まず一人ひとりが母型からの再出発を試みることだと、『破壊者たち』という物語を通して、わたしが喚起されたことだ。

(『図書新聞』18.2.24号)         

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