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2018年10月 1日 (月)

映画『菊とギロチン』・考

 わたしにとってギロチン社とは、中濱鐡ではなく古田大次郎であった。六十年代後半の対抗的運動の中で、ともすれば情念が直截に奔出する時、既知の理念に仮託することの疑義を払拭できないでいた自分自身の感性が、『死の懺悔』や、啄木の詩篇「ココアのひと匙」へと傾斜していったからだ。中島貞夫監督の『日本暗殺秘録』(69年・東映)で、オムニバスの一篇として古田大次郎(高橋長英)の小坂事件に焦点をあて、『死の懺悔』のモノローグとともに描像していく〈風景〉の秀逸さに共感したことも大きかったかもしれない。山田勇男監督の『シュトルム・ウント・ドランクッ』(14年)では、旧知の廣川毅が演じた。そして、『菊とギロチン』では新人俳優・寛一郎である。
 「恋愛だけではなく、人との距離の取り方などは自分と少し通ずる部分があるのではないかと思うと、日常の古田が少し垣間見えて来るような感覚を覚えました。」(廣川毅「古田大次郎を演じみて、幾つか思うこと」―『アナキズム 17号』13年11月)
 「大次郎の葛藤は、役者一年目の僕自身の葛藤と重なっているところが多かったので、自分に寄せつつ、悩みながら、感情を出し切って演じた部分が多かったです。」(寛一郎、東出昌大との対談「一瞬の三時間半を僕らは活きた」―『映画芸術 464号』18年夏)
 わたしは、二つの作品を対比しようとしているわけではない。また、二人のどちらが古田像に近いのかといったことをいいたいのでもない。「人との距離の取り方などは自分と少し通ずる部分がある」、「大次郎の葛藤は、役者一年目の僕自身の葛藤と重な」るといったことは、関東大震災、そして大杉栄、朝鮮人虐殺後の閉塞的な時代情況のなか、自らの思念を表出することの困難さを抱える古田大次郎の有様を、時間と空間を変容させて、3.11以後へ視線を射し入れてみるならば、息苦しさを抱えるわたしたちの有様に通底していることを意味している。
 映画『菊とギロチン』というタイトルは、確かに菊は天皇の、ギロチンは、ギロチン社つまりアナキストたちのメタファーだとしても、菊の花が好きだという古田大次郎が花菊(木竜麻生)という女相撲の力士に対して共感と恋情を抱き、〈対なる関係性〉をかたちづくろうとしたことの表象だといっていいはずだ。もちろん、もう一つの〈対なる関係性〉、つまり、十勝川(韓英恵)と中濱鐡(東出昌大)の有様も照応させて捉えてもいい。
 中濱と古田が住む舟屋の前には砂浜の海岸が続いている。そこで、「鳥追い女や願人坊主、被災民たち」、そして女相撲の力士たちはもちろん、花菊や十勝川とともに、中濱も古田も一緒に、太鼓や三味線の音に乗って踊っているシーンがある。恐らく、この映画を観た多くの人に強い印象を与えた場面だと思う。そこで、中濱が十勝川に向かって話す。
 「俺の夢はな、満州に行って自分たちだけの国を作る。そこじゃ何もかも平等で。(略)共存共栄の理想郷だ。」
 十勝川は、ただ笑いながら「ホントにできるのかい、そんな国」と応答する。太宰治に「冬の花火」(46年)という戯曲がある。その中でヒロインに「ねえ、アナーキーってどんな事なの?あたしは、それは、支那の桃源郷みたいなものを作ってみる事ぢゃないかと思ふの」と語らせている。瀬々敬久と相澤虎之助の思いは、敗戦後の暗澹たる情況のなかで書かれた「冬の花火」のヒロインに繋がっていくものだ。この海岸での踊る場面で、中濱と十勝川にフォーカスしながら、「中濱鐡と十勝川」というテロップが入る。後段、三治と勝虎が逃避行しようする場面にも「三治と勝虎」というテロップが入る。そして、古田が、花菊を連れ戻しに来た夫・定生を爆弾で脅し花菊を諦めさせる場面。古田と別れたくない花菊が古田に抱きつき口づけをする。そこで、大きく「菊とギロチン」のテロップ。菊は女相撲の力士・花菊であり、ギロチンは心優しきテロリスト・古田大次郎なのだ。
 〈個と個の関係性〉から、〈未知なる共同性〉へとかたちづくることができるだろうかと、いまあらためてわたしは考えている。

(『アナキズム文献センター通信』第44号-18.10.1)

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