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2018年6月 9日 (土)

矢崎秀行 著『つげ義春 「ねじ式」のヒミツ』          ( 響文社刊・18.1.15)

 一九六八年という〈場所〉から、五十年という〈時間〉を刻んだことになる。十年刻みでメモリアルな想いを込めることに、わたしの感性は動かないし、わたしにとって、六七年も六九年も同じ様に地続きな時間としてあるから、六八年だけを特化して捉え返すということはしたくないと思っている。つまり、全国的な学園闘争が惹起したことや新宿を中心とした国際反戦デー闘争、あるいは三億事件を、六八年を象徴するものとして見做すことはしないということをいいたいだけなのだ。後年、〈六八年革命〉などという大仰な捉え方をすることに、わたしは明確に否といいたい。わたしにとって、最も大きな事件は、吉本隆明の『共同幻想論』(十一月下旬刊)を読んだことだ。もうひとつ、付け加えるなら、つげ義春の『ねじ式』(『ガロ』六月増刊号)が発表されたことになるのだが、つげ作品から受けた衝撃度としては、高校生の時にリアルタイムで読んだ『沼』(『同前』六六年二月号)の方が大きかったし、『ねじ式』の直ぐ後に発表された『ゲンセンカン主人』(『同前』七月号)も『ねじ式』と同等の評価をされるべき作品だと思っている。
 本書の著者は、わたしより七歳ほど年少で、「『ねじ式』を初めて読んだのは19歳の時、1975年」だったという。七五年といえば、作品集『夢の散歩』(北冬書房)が刊行された時ということになる。わたしが本書に対して率直に感受できたのは、『ねじ式』をテクストとして、著者の思考の根拠を全篇にわたって透徹させていると思ったからだ。『ねじ式』論であるとともに、著者による思想論であるということに、わたしの心性は大いに刺激されたといっていい。
 もちろん、『ねじ式』の解読、つまり、〈ヒミツ〉の解析は、十人の読者がいれば、十通りのアプローチがあって当然だと思うし、どれが正解などというのは、まったく埒外にあるといっていい。著者の視線を、わたしなりに収斂させて述べるならば、〈死生観〉への真摯な論及ということになる。
 「『ねじ式』の冒頭のコマ絵は、死と重苦しい敗戦・占領の雰囲気に満ちている。それでは全面的にマイナスのイメージに覆われているかというと必ずしもそうではないと思われる。それはページの下半分に『海』が描かれているからである。あたかも海の彼方から到来してくるように主人公が、つまりつげ自身がこの漫画に登場してくるからである。戦火に傷ついた《マレビト》のように痛めた左腕を押さえて彼が到来してくるからである。」「『ねじ式』の本筋は、《日本人の死生観の変容》であり、(略)《その死生観の劣化》である。(略)お手軽な死生観(生き方死に方)に、彼は本気で強い違和感を底流では表明している。」
 このように述べていく著者の鮮鋭な『ねじ式』論に敬意を表しながらも、一九六八年時、十八歳(誕生月は十一月)で、『ねじ式』に接した立場から、少しだけ異和を述べておきたい。わたしもまた、冒頭の飛行機にベトナム戦争の〈影〉を見たのは確かだが、だからといって著者が「つげ義春にもこうした米国のアジアのベトナム戦争軍事介入に対する《義憤》があり、それに基づく反米感情があったと感じる。それがこの1968年に創作された『ねじ式』にも底流に流れていると強く感じる」と述べていくことには首肯できないといっておきたい。表現者つげ義春にとって《義憤》や「反米感情」は、最も遠い感性だと思うからだ。だからこそ、『ねじ式』という作品に普遍性があるのだ。著者が、作品から反戦、反米といったことを感受することは否定しない。だが、作者がどういう意図を持って表現したかは、別問題であり、作者の感性の深層まで切開していかなくても、作品論は成立するものだといえるはずだ。
 スパナ男は、木村伊兵衛が撮ったアイヌの教育者・言語学者の知里高央を引用したものだという論及から、アイヌの「他界と現世を往還する」死生観に着目していくのは見事だと思う。そして、次のように導いていく著者の論旨は、あらたな『ねじ式』論の達成を象徴しているといっていい。
 「生死が連続する循環的な死生観、私たち日本人の本来の死生観においては死と生は通路でつながっており、再生の回路が確固としてあるという意味なのである。そこを《ニライ・カナイ》と呼ぼうが、《根の国》《常世の国》、あるいは《アフンルパルの他界》と呼ぼうが、どう呼んでもいいと思うが、私たち日本人の魂の根源の国は、再生のない死穢の黄泉の国ではなく、命の再生がある点が最大の特徴の聖所だということである。つげはそうした意味で『それほど死をおそれることもなかったんだな』と言っている。」
 わたしもまた、つげ義春という表現者の作品には、絶えず、「死」というものの陰影が潜在していると見做してきた。『ねじ式』は、確かに死と生が往還する物語と捉えることを可能にしていると思う。それは死を救済することによって、生を根源化して表出することを意味するからだ。

(『図書新聞』18.6.16号)

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