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2018年2月 3日 (土)

三上 治 著『吉本隆明と中上健次』(現代書館刊・17.9.7)

 著者は、本書の中で、「初めて訪ねたのは、一九六〇年の九月か一〇月のことであった」と記しているように、吉本隆明と長い交流を続けてきたことは良く知られている。機縁はもちろん、六〇年安保闘争であるのは、いうまでもない。著者はその後、社学同全国委員長になり、七〇年には、神津陽とともに共産同叛旗派を結成する。叛旗派の集会や中央大学で、吉本はしばしば講演をしているが、それは、ひとえに三上治との通交によって実現したものだといっていい。「図書新聞」紙上で、「吉本隆明と中上健次」と題して連載が始まった時、没後、多くの吉本論が氾濫するなかで、現実的な場所で、〈政治運動〉として吉本思想の核心を、最も実践してきた三上治(味岡修)が、吉本を本格的に論ずることになったことを、わたしは期待を抱きながら読んでいた。いま、一冊に纏まったかたちで通読して、やはり、著者だからこそ、吉本思想の深遠へ、さらに深奥へと論及していることに、率直に共感したことを、まず述べておきたい。
 開巻(「第一章 死の風景・精神の断層」、なお、「序章 『三・一一』の衝撃」では、小沢一郎との対談が“幻”に終わったことが記されていて、興味深い)、三・一一以後のほぼ一年間の〈最後の吉本隆明〉へ、静謐ながらも鮮鋭に視線を射し入れていく著者の言葉はなによりも苦闘の中から滲み出ているといいたくなる。
 「経験として取り出した言葉や抽象には、他者の経験が介在してもいるのだ。事実そのものと、事実として取り出したものとは同じではない。これは前提である。しかし、事実は先験的な理念との現実の誤差を教えてくれるのであり、それは理念を開いていくことを可能にする。」「僕は、吉本がなぜに原発容認の考えであったかをエコロジカルな思考への批判も含めて知っていた。(略)僕が吉本に魅かれてきたのは、その思考が事実に対して開かれていること、経験的であることだった。原発問題でも気にかけていたのはそこだった。」「吉本が繰り返し述べているのは、原子力エネルギーに害があるのであれば、その防御策を同時に発展させるのが根本問題であり、止めるのは科学的でないということだ。これは彼の強固な科学技術についての考えであり、福島の事故を目にしても変わらなかったものである。/僕はこうした考えを取らない。人間が生み出した科学技術を人間の意志で止められないとは考えない。また、ある領域で科学技術の進展を留めるのを人間の退化だとも思わない。」
 わたしも、〈最後の吉本隆明〉に接して、戸惑いを払拭することが出来なかった。頑迷に、「科学技術は後戻りできない」とする主意に、『最後の親鸞』で、〈往相〉、〈還相〉という概念を析出した吉本にとって、科学技術(科学知)に関しては、〈還相〉がないことになると思ったからだ。つまり、著者の言葉を援用していくならば、なぜ、科学技術や科学知をめぐって「理念を開いていく」ことをしなかったのかということになる。
 本書は、「第二章 安保闘争のころ」から「終章 『いま、吉本隆明25時』」まで、吉本の思想を語り、中上健次の文学を語り、著者と中上が企画して、八七年九月に行われた「いま、吉本隆明25時」をめぐって述べながら、本書を閉じていく。
 「我が列島に存在してきた共同幻想の歴史的な構造を析出し、その一部に過ぎない天皇制的な共同幻想が支配力を持つ現状を無化する試みは未知の思想として今も残されているといえる。このころ『共同幻想論』は別の形でも読まれて衝撃を与えていたが、その中に中上健次も存在していた。」「吉本も中上も文学を基盤として活動していたのだから当然だが、彼らが執着していたのは幻想ということだったように思う。幻想としての人間の存在を追い、それを生涯にわたって考え抜いたのだと思う。彼らが遺した膨大な作品は、彼らが紡ぎだした幻想にほかならない。幻想とは幻影でも想像力でもない。それらを含む人間の精神的(心的)な表出であり表現なのだ。」
 中上健次は、『岬』で芥川賞を受賞したのを契機に、わたしは読むことになる。いつしか、芥川賞作家などという冠を忘失するほどに、旺盛な中上の仕事に随伴していった。敢えて絞りに絞って述べるならば、わたしは、『千年の愉楽』と『鳳仙花』がいいと思っている。中上の、『共同幻想論』角川文庫版の解説がいい。中上らしい熱い言葉に散りばめられた文章が、うれしかった。著者が、「幻想とは幻影でも想像力でもない。それらを含む人間の精神的(心的)な表出であり表現なのだ」と述べて、吉本隆明と中上健次を繋ぐ時、それは、「世界」を震撼させることの可能性を見通すことであったと、わたしなら思う。中上は、吉本の詩「廃人の歌」のなかの一節「ぼくが真実を口にすると ほとんど全世界を凍らせるだらうといふ妄想によつて ぼくは廃人であるさうだ」を好んで援用していた。ならば、本書に誘われながら、わたしは、微力ながらも、そのことを追認し、先へ先へと進むしかないと思っている。

(『図書新聞』18.2.10号)

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