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2018年2月10日 (土)

吉本隆明 著『吉本隆明質疑応答集 ② 思想』        (論創社刊・17.9.25)

 吉本隆明の講演後の質疑応答をテーマ別にまとめて全七巻で刊行するという画期的な企画の第二巻が本書だ。このような企画が成立するのは、吉本隆明が絶えず切実に情況的課題や思想的課題に真正面から向き合い続けてきたからだといっていい。特に、本書の前半部に配置された1967年10月12日から11月26日にかけて中大、早大、国学院大、関大の四カ所で行われた質疑応答は、白熱化するというよりは、いわゆる67年10.8羽田闘争直後の対抗的運動の高揚が投射されて、国家や権力の所在をめぐって吉本と学生たちとの拮抗と離反していく言語の応酬が苛烈だ。読みながら、わたしは、同世代であった学生たちへ、ある種の痛ましさを感じないわけにはいかなかった。吉本の『共同幻想論』が刊行されたのは、68年12月であったし、その前半部は雑誌「文藝」に66年から67年まで連載されたものだが、もとより、わたしもそうだったが、雑誌「文藝」を手に取るはずのない学生たちは、吉本が展開していく「共同幻想」の概念を、未消化のまま誤解していくのは無理がないかもしれない。だが、66年10月に刊行された『自立の思想的拠点』には、『共同幻想論』のモチーフを込めた論稿が幾つか収められていたから、それらを了解していれば、もう少し冷静な質疑応答が成立していたのかもしれないが、10.8以後の高揚は、論議を皮相な情況論的な場所へと押し込んでしまったといえる。
 四大学での講演から一年半後、つまり、10.8以後、全国的に拡がっていった大学闘争(高校での闘争もあった)は、東大安田講堂の攻防を頂点として、さらに苛烈なかたちで続いていったわけだが、吉本は、学生運動をまるで革命闘争のように鼓舞していった歴史学者・羽仁五郎を次のように述べて、断じている。
 「いったいこの老人は、安田講堂に赤旗がたち、都庁に赤旗がたち、つぎにまたどこかの都市や地域自治体に赤旗がたつという具合に拡がれば、国家が覆滅するなどと本気でかんがえているのでしょうか。(略)羽仁五郎の『エキストラポレイション』(引用者註・「外挿」)の論理は、いかように学生や労働者に実践的に蔓延しても、政治的国家の本質に一指も触れられないということは申すまでもないことです。この老人は、本質的には社会的な運動の課題でしかない問題を、政治的な運動の課題と滅茶苦茶に混同しているにすぎないのですが、こういう馬鹿気た論理が、現在急進的な学生たちに受けいれられる基盤があるとすれば、そこにたちどまって考えてみるだけの問題がひそんでいるにちがいありません。」(「情況への発言」69年3月)
 後年、70年前後の学生運動に大きな影響を与えた思想家として吉本を称揚する文章を多く散見することになるが、それは、記号化すればわかりやすいという安直な捉え方に過ぎない。たとえば、国学院大と中大では、運動の主体的な担い手たちの党派性は、両極端といえるし、わたしが、当時の情況を想起してみれば、吉本を読んでいるのは、運動の主体的な担い手というよりは、その周辺にいる学生たちの方が多かったはずだ。70年6月に結成された共産同叛旗派の集会で、吉本はしばしば講演をしているが、叛旗派にシンパシイを寄せているからではなく、六十年代から関係が続いている三上治(味岡修)の依頼に応じているにすぎないのだ。
国学院大での応答を引いてみる。
 質問者「一般の大衆は意識しないでも国家の共同性に対立しているとしても、彼らにたいしてたんにイデオロギー的な先験性を打ち出していくのじゃなくて、大衆そのものを止揚していく立場に立たなければだめだと思うんです。」
 吉本「(略)大衆というのはね、あなたのいうようにイデオロギーをそこに注入すべきものだというような、そんなものとはまったく反対なんですね、(略)僕はその大衆というものを全体として把握するばあいには、その裏面というものを考えるわけです。つまり、大衆はいったんある契機というものがあるばあいには、かならずあらゆるイデオロギー的抑圧をくつがえしていくものだということ、ある契機さえあれば、転化しうるものだということですね。大衆は国家の共同性にそう易々諾々として服従しているとは考えない。」
 大衆をよくいえば啓蒙、要するに組織(コントロール)していこうとする学生たちと、大衆の側にたって情況的な位相を見通していこうとする吉本との間には、大きな障壁が横たわっているかのようだ。わたし(たち)は、革命運動を領導する前衛なんかではない、大衆の一人一人であることを彼らは理解できないのだ。その後、質問者たちは、「あんたはな、大衆の反体制的な後退的な意識に依拠しているんですよ」「あなた自身がね、現実的な階級闘争をどう必然的に高めていくか、そういう立場こそ問題なんですよ」と畳みかけていく。吉本は、「何いってるんだい、僕は少しも依拠なんかしてないよ」「何いってるんだ、それはあなたの問題だよ」と述べながら次のように応答していく。
 「私らはね、安保闘争以後ね、独立ですよ、独立、自立ですよ。そして、私たちはやってきているんですよ。宣伝、啓蒙から、理論的建設の過程まで全部やってきてるんですよ、一貫して。」
 本書では、後半部、柳田国男、竹内好、〈アジア的〉な問題など重要なモチーフの講演後の質疑応答も収められていて、そのことに触れることはできなかった。しかし、『共同幻想論』が、わたしたちの前に現出する前夜、吉本の「独立」、「自立」、「一貫して」といった言葉の発露に、思想の根源からの熱視線を感じないわけにはいかなかったといっておきたい。

(『図書新聞』18.2.17号)

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