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2017年11月18日 (土)

村岡到 編『ロシア革命の再審と社会主義』           (ロゴス刊・17.7.7)

 ロシア革命(十月革命)から一〇〇年経ったことになる。わたし自身は、一〇〇年という節目に、それほどの感慨はない。そもそも、折からの対抗と抵抗の渦動の中にいた十代の後半、革命以前のロシアに関心を抱いていたからだ。ナロードニキとはなにか、あるいは、社会革命党のテロルとは何だったのかということが、わたし自身の思念を確認するかのようにロシア的なる場所へ想を馳せていったといえる。だから、わたし自身のロシア革命への見立ては、革命後の内戦(最近、亀山郁夫が、そのように記していたので援用する)で、埴谷雄高に倣っていえば、「やつは敵である。敵を殺せ」(「政治のなかの死」)という論理のもと、レーニンそしてスターリン(もちろん、トロツキーも加担しているが)主導で、反対派(アナキスト派他)を徹底的に弾圧し、革命後の理想社会への道筋を遮断し、共産党独裁政権国家へと強固に推し進めていったということになる。
 だが、革命後、七十四年、ソ連邦が崩壊(一九九一年十二月)、その時、欧米や、わが列島国家も含めて、社会主義イデオロギーが破産し、民主主義が勝利したと喧伝していった時、民主主義は統治システムのことを意味しないにもかかわらず(資本主義=民主主義ではない、逆も同様だ)、世界各地を植民地化し自国の覇権力を誇示してきた国家群が、民主主義というレトリックで社会主義理念を断罪する資格はないと、わたしは、憤怒の思いを抑えることが出来なかった。さらに、東欧諸国が民主化されたといういい方は、その後の民族対立の激化を望見するだけの欧米諸国の欺瞞的喧伝でしかない。
 さて、本書は、下斗米伸夫「ロシア革命と宗教――古儀式派の存在」、岡田進「十月革命一〇〇年とロシア農民の運命」、森岡真史「販売競争から獲得をめぐる闘争へ」、佐藤和之「ソ連邦崩壊後の労働組合運動――モルドバのサンディカリズム」、村岡到「社会主義実現の困難性」の諸論稿を中心にして、村岡の著書『ソ連邦の崩壊と社会主義』への書評群と村岡による下斗米の著書『ソビエト連邦史 一九一七~一九九二』の書評で構成している。ここでは、五つの論稿に触れていくことにする。
 特に下斗米の論稿は、ロシアの、あるいはロシア革命の深い暗部を照射して、刺激的だった。モスクワ・クレムリンにある「レーニン廟を見て宗教性を感じた」という下斗米は、「『無神論』体制とはどう絡むのか」という問題意識を持ちながら、「古儀式派」の様態を切開していく。「帝政ロシアの正教での異端派」が古儀式派ということになるのだが、「もともと帝政以前のモスクワを中心とする古い正教徒で」、「『モスクワを第三のローマ』と信じ」ていたとして次のように述べる。
 「(略)二〇世紀以前をふくめ、無神論者レーニンの宣伝とは異なって、ロシア革命には強力な宗教的要素があった。そしてそこで古儀式派の役割が大きかった。(略)その後の混乱的な革命情勢の中でも、この潮流はレーニン共産党の中核、特に反対派だけでなく、スターリンを支えたモロトフのような体制派にも、存続し続けたのである。」
 スターリン死後、フルシチョフ体制でも、どうにか生き延びていったモロトフが古儀式派だったということだけでも、ロシアという迷宮を思わないわけにはいかない。
 エリツィンの農業改革を「スターリンの強制的集団化をそのまま裏返した、いわば強制的『脱集団化』と言うべきものであった」と述べていく岡田進の論稿、需要者(買い手)と供給者(売り手)の関係を軸に社会主義経済を分析していく森岡真史の論稿、「旧ソ連諸国の労働運動は、スターリン主義の記憶から、社会主義への否定感とEU志向が根強い。その結果、経済主義的な現場闘争に偏重したサンディカリズムや、政労資の強調・協議に偏重したコーポラティズムへ陥る傾向がある」と述べる佐藤和之の論稿は、それぞれ、わたしには教えられるものが多くあった。
 編者の村岡は、ロシア革命の初源に胚胎していた社会主義の理念を現在という場所へ再生すべく切実に問う論稿である。わたしなら、音をあげてしまうようなことを丹念に解きほぐしながら、新たな地平へと社会主義という理念を再構築する方途を提示していく。
 「ソ連邦などの崩壊は、『社会主義の敗北』ではなく、社会主義を目指す努力が失敗したことを意味している。(略)人類は、社会主義への道を、それまでの経験に学び、活かしながら、歩一歩と試行錯誤を重ねながら切り開くほかはない。『本格的な』道などはなく、いばらの困苦の道しかないのである。」
 このように述べていく村岡論稿が、わたしの関心を最も惹いていくのは、後半部の「付節 〈土着社会主義〉の大切さ」で論及されていることだ。「歴史の進歩はすなわち『西欧化』『近代化』することだと思い込」み、「外国からのいわば輸入理論を過度に偏重する傾向」があるとしながら、「未来への新たな展望を模索しながら、同時に土着の文化にも深い理解を備えること」だとしていく。わたしは、わが列島と大陸ロシアは〈アジア〉という大きな時空間で繋がっていると考えている。レーニン=スターリンの革命の破綻は、ロシアにおける〈アジア性(土着性、農業性)〉からの離脱を志向し、急速な西欧化(近代化、工業化)へと向かっていったからだと考えている。このことは、明治近代天皇制以後、現在まで、わたしたちが置かれた情況と同じ様態を示しているといっていいはずだ。

(『図書新聞』17.11.25号)

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