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2016年11月12日 (土)

澤村修治 著『敗戦日本と浪曼派の態度』            (ライトハウス開港社刊・15.12.20)

 わたしにとって、日本浪曼派並びに保田與重郎という存在を知ったのは、十代後半の時で、時間性でいえば六十年代後半であった。情況的には反抗と対抗的渦動のなかにあって、思考の方位を迷路のような場所で浮遊していたといえる。国家の有様と天皇制の擬態を撃つことに腐心していたわたしは、権藤成卿や北一輝といった異貌の思想家を通過した後に、保田與重郎に辿り着いていったといっていい。ただし、本腰を入れて読解へと至ったのは、それから十数年後ということになる。
 「日本浪曼派の中心人物が『敗戦』という決定的事態をどう受け止めたのか」ということが、本書の核心的なモチーフとなるわけだが、それは、同時に、ここで取り上げられている保田と伊東静雄、そして、雑誌『コギト』の発行人・肥下恒夫の思考と感性の有様を照射していくことでもある。
 表現者や主義者、研究者たちだけではなく、多くの人たちにとって、戦時下と敗戦後は大きな価値転換を強いられたといえる。だが、強いられたものだったとしても、彼らの戦時下における様態は、天皇制という統治システムを順守し、戦争を肯定していったことは事実である。例えば、詩人の三好達治は戦争賛美の作品を数多く書き上げながら、敗戦後、吐露した言葉が天皇は退位すべきだということだった。それはそれで、間違った視線ではないが、自身の内省はどうしたのだということをわたしならいいたくなる。「転向」という概念がある。昨日まで、急進的な考え方をしていたものが、強制されて保守的な考えに変わることを意味するわけだが、強制力が緩和された途端、何ごともなかったように、つまり、「転向」はなかったかのように、また、急進的な物言いをすることを、「転向」とはいわないことに、「転向」問題に内在する難渋さがあるのだ。ならば、保田たちは、どうなのかということが、本書が突きつける重大な提示ということになる。
 保田も肥下も戦地から帰ってくると、農耕作業を通した生活に入っていく。著者に倣うなら、「帰農者」ということになる。
 「ともに『百姓』となった肥下と保田であった。旧制高校時代からの友情は戦後社会にあっても変わりなく、同志のような連帯感を感じさせる。ふたりは『コギト』を『協同の営為』として刊行し続けることで、昭和前期(二〇年八月以前)、日本的な浪曼主義を発信した。もっとも、日本主義を宣したとはいえども、彼等は軍国日本の与党ではない。彼等は独立運営の雑誌、保田のいう〈孤城〉を拠点に自立して表現活動をおこなったのだ。軍国日本は仕舞にはむしろ彼等を危険視した。/そして敗戦後、今度は新時代が彼等を忌み嫌った。軍国日本の亡霊のような存在だと見た。(略)戦争終結時点の前でも後でも、彼らは反時代的であった。ゆえに孤立した。しかし本来、文学も思想も、そういった地点からしか本物はあらわれないというなら、彼等はむしろ本物への有資格者だといわねばならない。」「戦争時代、〈屍〉になるかもしれぬ戦場へ行く友を送り、残された身として〈さびしいやうな気〉に包まれていた伊東は、拠るべき確乎としたものを持たぬまま、戦後社会に投げ出された。(略)伊東は〈傷ついた浪曼派〉として在り続けたのである。(略)戦後の伊東にも心からの安息はない。かれは人間社会の暗澹を前に矛盾に引き裂かれていたのだ。」
 敗戦後の時空間を、ある種の解放として率直に受け入れることを、わたしは否定したいわけではない。しかし、人は、簡単に価値観の転換というものができるのだろうかと、思う。保田たちの敗戦後の態度を見事だといえるとしても、それは、やはり、彼等の、いや、敢えて特化していえば保田與重郎の思想と感性を横断するものを理解しない限り、本当に見事だといい切ることはできない。戦後憲法が施行された三年後に上梓された保田の『絶対平和論』は、朝鮮半島の内戦に際し警察予備隊が創設された情況を俎上にのせながら、九条の平和理念の空洞性を鋭く突くものであった。保田にあっては、平和憲法という欺瞞を切開していくことは、明治近代天皇制と地続きの中で、論断していくものであったのだ。なぜ、「みやびあはれ」ということに保田が拘泥するのかといえば、近代天皇制は、古代的時間を変容させた擬態の有様でしかないからなのだ。「帰農者」としての数年間、農本主義者の像を持って保田は生命の有様を示したといえる。
 「彼等は実のところ、日本に託した己のうたを、己の生命をうたったのである」と著者は述べる。さらに、「近代」とは、「人びとから『型』と『劇』を失わせたもの」だと断じていく。わたしたちは、いま一度、日本浪曼派、そして保田與重郎たちの“声”を現在という場所へ反照させるべきだと思う。

(『図書新聞』16.11.19号)

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