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2016年10月15日 (土)

角田忠信 著『日本語人の脳――理性・感性・情動・時間と大地の科学』(言叢社刊・16.4.15)

 わたしが、初めて角田忠信を知り、その著作『日本人の脳』(78年)、や『脳の発見』(85年)に接したのは、吉本隆明の『母型論』(95年)を介してだった。吉本の膨大な仕事のなかで、時間列でいえば後期に位置する著作であるが、『アフリカ的段階について』(98年)とともに、最重要のものとして、わたしは理解しているから、引かれているテクストに対しても、関心の方位は必然的に向けられていったということになる。三木成夫や柳田國男とともに角田の名前が引かれ論及されていく『母型論』の中の一章「大洋論」は、実に刺激に満ちていた。吉本は、角田の仕事に触れて、次のように述べている。
 「角田忠信の研究によれば(角田忠信『脳の発見』)、母音『あ』の音声を聞かせた場合、日本人は左脳(言語脳)優位の状態で聴いており、たとえば米国人は右脳(非言語脳)優位の状態で聴いていることが確かめられている(略)。」「日本人はポリネシア語族と旧日本語族(縄文語族)を象徴し、米国人は、ひろく西欧のインド=ヨーロッパ語族と、もっと拡大して旧日本語族とポリネシア語族以外の語族を象徴するとかんがえてよいことを著者角田忠信は確定している。」
 この角田の研究が、思わぬ反発を受けていたことを、本書の「序にかえて――私の研究の歩み」で、記されている。角田の考えは、言語的文化性からの視角であって、日本人ではなく日本語人(あるいは旧日本語族)というカテゴリーであったにもかかわらず、「欧米諸国からも猛反発があり、ドイツ誌は日本人優越論を主張する超愛国主義者でナチスの再来とまで非難され、私の説は理解されずに非難を浴びせられた」という。そして、「世界は一つという新理念に背くという攻撃が延々と続いた」というのだ。そもそも、「世界はひとつ」とか、「人間はみな同じ」といった理念ほど陥穽に満ちたものはない。世界を構成する諸共同体は、多様性であるということを前提に、そこでの共通項を見出しながら連携していくべきであって、はじめから、〝ひとつ〟と括るのは傲慢なことでしかない。同じように、左脳と右脳の働きが、みな同じとすること自体、科学性の転倒でしかないと、わたしならいいたくなるのだが、角田は、大きな障壁の前に、孤高な営為を続けてきたことになる。
 後半に収められた対話の中で、角田は、「アメリカの学問も随分と政治に影響されているように見えます。初めは少数民族を理解すべきだという相対論を掲げる人たちが頑張っていたものが、いまでは一変して、ある種の普遍論を押し付けようとしているのではないですか。違いは許さないという非寛容が感じられる」と述べている。学問が、「政治に影響されている」と危惧感を吐露する角田の立ち位置に、わたしは感応せざるをえない。何度でもいいたいが、「世界はひとつ」とか、「人間はみな同じ」という間違った普遍性は、欧米至上主義でしかないのだ。角田理論に対して、「超愛国主義者でナチスの再来」といういい方自体が、政治という亡霊に絡めとられたものでしかない。
 本書は、77年から04年までに発表された諸論稿と対話二篇、書き下ろしの「序にかえて」と「おわりに」を付して構成されたものだ。著者は、「日本人の脳の研究から、脳センサーの研究に到る詳細な知見と結論、結果」を紹介できたと、「おわりに」で記している。わたしが、本書で、角田の研究とのあらたな出会いが、「脳センサー」という考え方だ。
 「人間は太陽系の一部として、完全に同調する宇宙とは切り離すことの出来ない無力な存在であることを痛切に感じる。こうして、見えない足下の地殻に異常なストレスが溜まると、その強度に応じて脳センサーには歪みが生じ、地震発生によってストレスが解消されると脳の歪みは消失して正常に戻る現象が見出された。」「人間の中心脳には太陽系の運行と同期するセンサーがあり、宇宙の縮図が私たちの脳幹に記憶されていることは、ほぼ間違いありません。」
 人間(脳)と太陽系(宇宙)同期化し、「完全に同調する宇宙とは切り離すことの出来ない」という捉え方、「宇宙の縮図が私たちの脳幹に記憶されている」という見方に接し、わたしは直ぐに、三木成夫の「生命記憶」、「内蔵波動」という視線から開示されていく「原初の生命球を介して宇宙と臍の緒で繋がる」、「生の波は、どの一つをとっても、宇宙リズムのどれかと交流する」(『胎児の世界』)といった生命形態論に通底していると想起したといっていい。
 脳の世界は、まだまだ、未知の領野を多く湛えているといえる。それは、人間が、国家や政治といったカテゴリーから離れて、真摯に生命の繋がりを見通していくべきであることを示唆しているのだと、わたしなら考えていきたい。角田理論の長い間にわたる試行の集大成である本書は、間違いなく、わたしたちに鮮烈な刺激を与えてくれることを最後に強調しておきたい。

(『図書新聞』16.10.22号)

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