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2016年5月15日 (日)

有馬弘純 著『漱石文学の視界』(論創社刊・16.2.15)

 夏目漱石を国民的作家として評価する見方に、わたしは、釈然としない思いを抱き続けながら、作品を読み続けてきたといっていい。なぜなら、『それから』や『明暗』に代表される作品は、国民的といった茫漠的な相貌には、ほど遠い深い位相を湛えた作品だといえるからだ。
 かつて、吉本隆明は、「『それから』に象徴される漱石の反発は」、「膨張していく社会」への反発であると述べたことがある。それは、急速に拡大化していったことで、露わになった明治近代国家の歪みを最も早くから感知していた作家が漱石であったことを吉本は指摘したかったのだと思う。
 四十六年にわたって書き継いできた漱石論の集成である本書の著者もまた、『三四郎』、『それから』、『こころ』、『明暗』といった漱石作品を視界の中心に据え、その深層へと迫りながら、「誰よりも、限りなく深い実感者としての現実の認識的体験をもち、それだけに暗く絶望的な思想、生活状況に陥ちこみながら、進んでそのような矛盾と苦悩にみちた大きな壁にたちむかっていった作家である」「現実世界の基底にある実相をほりおこし、それにたじろぎあとずさりすることなく毅然とした姿勢で視つづけ、その暗い淵にあしをすべらしたり、溺れたりすることもなく、果てしなく持続的に戦ったといえる」と鮮鋭に述べている。膨張する社会という時、そのことが、現在の情況にも通底していえることだとするならば、いまだに、漱石作品が読まれていることは、当然のことだといっていいはずだ。

(『通販生活 16年夏号』)

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