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2016年1月16日 (土)

つげ忠男 著『成り行き』( ワイズ出版刊・15.10.14)

 つげ忠男の一年九ヶ月ぶりの作品集は、描き下ろしの新作が二作品、リメイク作品とその初出作の二作品という構成(他に“禅の言葉”に付した絵を八点と、「『懐かしのメロディ』46年後」と題した文章を収録)である。
  「夜桜修羅」という作品で描出されるのは、つげ忠男の「現在」に対する静謐な憤怒のようなものを湛えた幻想譚である。夜、コーヒーを飲みつつ、公園に一本だけ咲いている桜見物をする中年男の前に、突然、若い女が現われる。そして、もう一人、若い男も現われ、最初は和やかに談笑していたにもかかわらず、いつしか二人は、血だらけになりながら、取っ組み合いの喧嘩を始める。二人の喧嘩を傍観しながら、中年男は次のように独白していく。
  「今の時代、/人々の日々の生活ぶりや/言動……/それから生じる大・小さまざまの/出来事や事件や社会/現象/それらの状況をいっしょくたに/ギュッと凝縮してしまうと、多分/いま眼にしているようなエゲツな/い修羅場が出現するのでは?」
 そして、つげ忠男が描く「現在という修羅場」の画像の数々が十三頁にわたって展開されていく。やがて二人の男女が突然、消失すると、一匹の黒猫が男に向かって歩み寄ってくるところで終景。もちろん、ここでは、中年男自身も、「現在という修羅場」を構成している一人であることを、避けようもないこととして、示されていく。
  「成り行き」という作品もまた、ある意味、忌避できない、不運なる「修羅場」の物語だといっていい。冒頭は、つげ忠男作品らしい、七十を越えた男二人が静かに川釣りをしている場面である。そこへ、車でやって来た若い男女が、車から降りて、いつの間にか争っている。抵抗する女性を見て、二人の男は、若い男の方を止めに入るも、やがて、「夜桜修羅」の男女と同じように、若い男をめぐって、格闘が始まる。女は近くの廃棄物の捨て場から、鉄パイプを取り出し、男に殴りかかり殺してしまう。女の主導で、車と死体の遺棄を、二人の男は、“成り行き”上、手伝わされ、殺人の共犯関係となってしまう。そして、二人の男たちは、「二度と釣竿を手にすること」なく、四ヶ月後、男のうちの一人は、「インフルエンザから/肺炎を患い他界」、もう一人は、さらに三ヶ月後、「酒酔い運転の車に撥ねられ」、突然、亡くなる。女の方は、犯罪行為が露見することもなく、アメリカ人男性と結婚して、裕福な暮らしを送っていることを描いて、物語は閉じていく。静かに、川釣りを楽しんでいた七十代の男二人が、突然、「成り行きの修羅場」に遭遇し、死んでいくという作品を、つげ忠男は、なぜ、描こうとしたのだろうか。殺人の共同正犯といった事象や、突然の死は、「現在という修羅場」のひとつの暗喩として提示しようとしたのだろうか。
 敢えて、推断していけば、この二つの作品は、重なりあって、ひとつの作品として、つげ忠男の現在を表象していると見做すべきかもしれない。
 つげ忠男は、六八年から、月刊漫画誌『ガロ』で、漫画家として再スタートしたわけだが、「昭和ご詠歌」とともに、『ガロ』期初期の代表作として「懐かしのメロディ」(『ガロ』六九年一月号)という作品がある。本書のなかで、自分自身では、「気にいっている」作品の一つだったとしながらも、「ストーリーは良いのだが、絵が付いていかなかった。/“これはいつか描き直してみたい”」という「想い」を抱き続けてきたと述べている。
 そして、いま、この“二作品”に接して、複雑な感慨を持ったのは確かだ。四十六年前の「懐かしのメロディ」を、リアルタイムで見たものにとって、「敗戦後」、十三年しか経っていない時間性と、折からの戦後体制へ疑義を呈した対抗的運動のなかで、「特攻隊の生き残りだ」という「無頼漢サブ」(本作では、「京成サブ」)の有様と、サブについて語る中年男の存在が、コントラストに描出されることで、けっして大げさにいうわけではないが、わたし自身が、当時、対峙していた情況を切開する契機としていたことは間違いない。だから、わたしにとって、「懐かしのメロディ」は、「戦後」という時空を一九六八年という場所に屹立させた作品だった。そして、いま、四十六年後の「懐かしのメロディ」は、確かに、サブを後の無頼漢サブ像に繋がる「貌」で描かれているとしても、リメイクというよりは、つげ忠男が、「現在という修羅場」にたいして、拮抗させるために描き下ろした新たな「懐かしのメロディ」といった方が、いいかもしれない。だからこそ、つげ忠男は、四十六年間という時間性に堪えうる膂力を持った物語作家だといえるのだ。

(『図書新聞』16.1.23号)

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