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2015年10月20日 (火)

なぜ、「終着駅」に魅せられてしまうのか

 わたしにとって、「駅」というものは、いつもなにがしかの思いを喚起させてくれる場所だ。なぜなら、そこは、人びとが行き交う場所であり、「暮らし」とその「時間」が、絶えず潜在している所だからだ。都会のターミナル駅であっても、地方の小さな駅であっても、わたしには、同じように親近なるものとして、「駅」はある。考えてみたら、上京して四十六年ほど経っているが、住まいの近くの「駅」に行き、電車に乗り、目的地に辿り着き、また、電車で帰宅するということが、日常的なこととしてあり続けてきたことになる(あえて、付記しておけば、わたしは運転免許証を所持していないから、車での移動は、ほとんどない)。しかし、それ以前は、駅はけっして住まいの近くにあるわけではなく、駅へ行って列車に乗るという行動は、年に数えるほどしかなかったから、少年期のわたしにとって、鉄道や駅舎が身近なものだったかといえば、そうではない。だからこそというべきか、鉄道や駅舎に対し、憧れのようなものを感じていたのは間違いない。
 遠く記憶を辿ってみれば、小学生高学年の頃から、なぜか、「地図」が好きだった。どんな契機で、「地図」好きになったのかは、もう覚えてはいないが、実際の「地図」を、自分なりにアレンジしながら写して「地図」を描いたり、架空の「地図」を描き上げたりしたものだった。だから、いまでも、「地図」帳は手元にあり、しばしば眺めることがある。自分のそうした嗜好は、たぶん、未知の場所へ想像力を掻き立てながら、イメージの旅をすることにあったのかもしれない。そういう意味でいえば、「地図」上の駅が、わたしにとって、最も身近な「駅(舎)」だったということになる。
 少年期、まだ見ぬ東京の駅で、関心を抱いていたのは、上野駅と両国駅だった。特に東北地方に在住しているものにとって、上野駅は最も親近な駅だったし、大相撲の東京場所で賑わっている両国駅は、なにか荘厳な佇まいをしているようで、いつかは訪れてみたいと思っていた。
 しかし、時間の経過は、駅のイメージを変容させてしまうものだ。上京して、何年も経ってから、たまたま両国駅を訪れた時、駅舎は立派だったが、ターミナル駅というイメージにはほど遠い、閑散とした駅だったことに驚いたものだった。かつては総武本線の発着駅として機能していたものが、総武線の電化や御茶ノ水駅や中野駅までの延伸、本線が錦糸町駅から東京駅へ直通したことによって、両国駅は、総武線(各駅停車)の単なる一停車駅になってしまったのだ。
 「関東大震災で焼け落ち、昭和四年(一九二九)に鉄筋コンクリートで再建された二代目駅舎は上野駅を小さくしたような、小ぶりながらもターミナル駅らしいスッキリとした姿だ。第二次大戦時の三月十日の下町大空襲にも奇跡的に消失をまぬがれ、周辺住民の避難場所になったという。ここまで八十数年を生き長らえてきた都内でも古株の駅舎である。/が、哀しいかな、もはやターミナル駅としての機能は果たしていない。」(長谷川裕・文、村上健・絵『怪しい駅懐かしい駅』)
 少年期のわたしとって、憧れの駅は、いまや哀しい存在として在り続けていることになる。
さて、わが上野駅はどうか。東京駅まで新幹線が開通する前では、東北地方の出身者たちにとっては、上京や帰省のため、必ず降り立ち出発する駅であった。駅の構造として、山手線や京浜東北線などが高架ホームだが、かつては、行き止まりの地平ホーム(13番線から18番まであったが、現在は17番までである)から、昼の特急や夜行列車が頻繁に発着していたのだ。いま、特急としては、「カシオペア」、「草津」、「あかぎ」、「ときわ」、「ひたち」の一部などだ。この地平ホームに直結している中央改札口の上部には、猪熊弦一郎の「自由」と題した壁画がある。上野駅をしばしば利用している時は、なんの関心も抱かなかったが、後に猪熊弦一郎を知り、あの上野駅の壁画の作者だったことが分かってからは、まだ、一度も見ていないほど、わたしにとって上野駅は遠い存在になってしまった(ただし、公園口改札は、しばしば利用しているから、上野駅には、年に数回は乗降している)。
 啄木の歌や、井沢八郎の歌に象徴されるように、わたしたちにとってみれば、上野駅は紛れもなく「終着駅(始発駅)」ということになる。だが、わたしは、もう少し、「終着駅(始発駅)」というイメージを拡張してみたいのだ。映画や地図を見てみれば、ロンドンやパリ、ローマといったヨーロッパの大都市は、鉄道が放射状になっていて、それぞれに起点となる駅があり、まさに、ターミナル駅としての「終着駅(始発駅)」という佇まいを持っている。しかし、わたしは、やはり、どこか寂しく哀しい雰囲気を持つ「終着駅」というものに、固執してみたくなる。たぶん、それは、現実的な「駅」というよりは、歌や映画から喚起された「駅」にある種の憧憬感を抱いているからだといえる。そのことを、わたし自身に詩的感性があるならば、少しは、情感あふれる言葉によって述べてみたいのだが、ここでは、そのまま歌詞を引用してみたい。

 落ち葉の舞い散る 停車場は
 悲しい女の吹きだまり
 だから今日もひとり 明日もひとり
 涙を捨てにくる

 真冬に裸足は 冷たかろう
 大きな荷物は 重たかろう
 なのに今日もひとり 明日もひとり
 過去から逃げてくる

 一度離したら 二度とつかめない
 愛という名の あたたかい心の鍵は

 最終列車が着く度に
 よく似た女が 降りてくる
 そして今日もひとり 明日もひとり
 過去から逃げてくる

 肩抱く夜風の なぐさめは
 忘れる努力の邪魔になる
 だから今日もひとり 明日もひとり
 過去から逃げてくる

 一度離したら 二度とつかめない
 愛という名の あたたかい心の鍵は

 最終列車が着く度に
 よく似た女が 降りてくる
 そして今日もひとり 明日もひとり
 過去から逃げてくる
 そして今日もひとり 明日もひとり
 過去から逃げてくる
  (『終着駅』―作詞・千家和也、作曲・浜圭介)

 71年、奥村チヨによって唄われた『終着駅』は、「今日もひとり 明日もひとり 過去から逃げてくる」という印象深い歌詞のリフレインによって、恋愛という関係性から離反した女性の心情と終着駅の哀愁感といったものが重ねられて、人々が多様に往還する場所としての「駅」を見事に表出させていた。初期の山口百恵の歌(73~76年)のほとんどの歌詞を手掛けていた千家和也にとっては、内山田洋とクールファイブの『そして神戸』(72年)とともに代表作といっていい作品でもある。
 わたしは、2012年、一青窈によってカヴァーされた歌(アルバム『歌窈曲』収録)を聞いて、この歌が持つ深い物語性に対し、あらためて感嘆したといっていい。一青窈の〈アジア的な声〉が、紺野紗衣の静謐なピアノにのりながら、ややポップな演歌風といった感じの歌唱によって、『終着駅』の詞世界を拡張させていったと思う。
 この歌に内在する物語性を、歌い出しの「落ち葉の舞い散る 停車場は/悲しい女の吹きだまり」という詞にすべて象徴化させているように思う。特に、「吹きだまり」という詞語からイメージされるものは、直喩すぎて、一瞬戸惑いを感じないわけにはいかないのだが、メロディーが付され、「声」が重なって、初めて「吹きだまり」という詞語が、屹立していくことがわかってくる。だから、この歌い出しを奥村チヨ、一青窈、そして中森明菜(『終着駅』は、三人の中で断然いい。94年発売のカヴァーアルバム『歌姫』に収録)で聴き比べてみると、それぞれ微妙に違う位相を表出していることがわかってくる。それはまた、この歌が有する豊饒さだといっていいと思う。さらにいえば、「吹きだまり」という詞語は、「涙を捨てにくる」や、「過去から逃げてくる」へと繋がっていくことによって、「駅」という共同性にまつわる物語がかたちづくられていき、わたしたちの感性へと直截に近接してくるといってみたくなる。
 わたしは、この歌が、暗い予兆を含みながらも、“女たち”を終着駅に降り立たせたことに共感したいのだ。そう、ここでは、終着駅は「吹きだまり」として在るのだが、しかし「吹きだまり」に辿り着いたからこそ、「あたたかい心の鍵」が、いつかまた、見つけることができるかもしれないという空隙を、“女たち”に持たせている。だからこそ、『終着駅』という歌の物語世界を、わたしたちは深く感受できるのだ。
 映画『駅 STATION』(81年・東宝、監督・降旗康男、脚本・倉本聰)にも、触れておくべきかもしれない。この作品は、賛否がまったく割れたことで知られている(「キネマ旬報」誌では、ベスト・テン第四位。「映画芸術」誌では、41位だが、ワースト・テン第一位だ)。それは、ひとえに倉本聰の物語の紡ぎ方の浅薄さに拠っている。わたしは、当時、封切りで見て、高倉健と倍賞千恵子の二人が飲み屋で紅白歌合戦から流れる八代亜紀の「舟唄」(作曲は浜圭介。浜は、1946年、旧満州の収容所で生まれている)を寂しく寄り添いながら聞く場面に感動したものだったし、撮影の木村大作による雪降る風景や俯瞰からとらえる駅舎に素直に共感したものだった。冒頭の高倉健演ずる主人公・英次と離婚することになった妻・直子(いしだあゆみ)とのわざとらしい別れの場面、過剰な演技を強いられた倍賞千恵子と、挙げれば、幾つも出てくる、演出を放棄しているかのような降旗の立ち位置と、皮相なる過剰さを表出する倉本の脚本との合奏によって、『駅』という映画作品をアンビバレンツな方位へと分裂させていったことは、確かなのだ。それでも、わたしが拘るのは、烏丸せつこの、ほとんどイノセントに振る舞っているのではないかと思わせてしまう演技とその存在感、そして増毛と上砂川という二つの終着駅の「像」だ(宇崎竜童の秀逸な音楽も加えておきたい)。
 警察官である英次の故郷は、直通する道路がなく陸の孤島のような雄冬という場所で、増毛から船でなければ行けないところであった。そして、連続通り魔殺人事件の犯人として手配されている吉松五郎(根津甚八)の妹・すず子(烏丸せつこ)が増毛駅前の風街食堂で働いていたため、吉松の行方を追って、英次たちは増毛の旅館で張り込みを続けることになる。だから、物語は、この留萌本線の終着駅(始発駅)でもある増毛駅を中心にして展開されていく。もう一つの駅、上砂川駅(現在は廃線・廃駅となっている)は、砂川駅からの支線の終着駅である。すず子が外出することになり、その後をつけていくと、やがて兄に会うために出かけたことがわかる。再会する場所は上砂川駅で、五郎はそこで英次たちに逮捕されてしまう。夕暮れから闇夜へ時間が経過していく上砂川の駅舎のロング・ショットは圧巻だ。
 すず子を利用して事件の終息を図ってしまったことに自責の念を抱く英次は、死刑判決を受けた五郎に、四年間、様々な差し入れをしていたという設定だ。刑執行の前に英次宛てに届いた五郎からの手紙に「暗闇の彼方に光る一点を 今駅舎(えき)の灯と信じつつ行く」という辞世の歌がしたためられていた。これは、五郎が上砂川駅で逮捕された時の情景を詠んだともいえるし、「駅舎」に対し、「死」を覚悟したうえで、あらためて「すず子」への思いのようなものを込めたともいえそうだ。この歌に倉本聰は作品全篇のモチーフを託したのかもしれないが、物語的には、うまく反映されたとはいいがたい。
 このように記しながら、わたしのなかで、この作品に対するアンビバレンツな思いが湧き上がってしまっていることを否定はしない。だから、断片化することによって、作品への感応を維持しようとしている自分がいることにも気づいている。なぜ、そうなのか。それは、やはり、「終着駅」というものに、無条件で魅せられてしまうからなのだ。じつは、ラストの場面をめぐって、脚本家・倉本聰を憤らせたというエピソードがある。英次が、増毛駅で退職願を破り、それをストーブに入れて燃やし、札幌行の夜行列車に乗り込もうとすると、すず子が目の前を通り過ぎ、駅員と言葉を交わしながら、食堂を辞めて札幌で働くことを告げて列車に乗り込んでいく。それを苦しげに悲しげに見つめる高倉健のアップをロングで捉え、そして列車が静かに発車していくところでエンドロールが始まり、この映画を閉じている。わたしは、このラストの場面によって、様々に織りなしてしまった不自然なストーリーを一気に払拭してくれたと感じ、この作品は、それほど駄目な映画ではなかったという見方をした覚えがある。そして、ここに至ってようやく、降旗による見事な演出だったことが、後に分かるのだ。倉本のシナリオでは、この増毛の場面から、札幌駅に降り立ち、英次が別れた妻・直子との再会を果たす場面まで描いて終わっているからだ。
 同じ、高倉健、倉本聰、降旗康男で78年に撮られた映画『冬の華』では、東映やくざ映画へのオマージュといったかたちで物語を成り立たせていて、しかも倉本の過剰な人物造型が抑制されていたため、わたしたちの間では、それなりに共感を得ていた。だが、『駅 STATION』は、抑制が解き放たれてしまったことで、散漫なストーリーと強引な物語をかたちづくってしまったといっていい。もし、倉本のシナリオ通りラストの場面が撮られていたら、無論、わたしは、このようにしてまで、作品へ論及をすることはなかったといい切れる。
 『駅 STATION』のラストの場面について、もう少し述べてみたいことがある。増毛駅は、この時、始発駅として描かれる。だが、暗い予兆を孕みながら列車は発って行くわけだから、やはり、終着駅という場所性の方が色濃くあるといっていい。「過去」を払拭したい男が退職願を持参して始発駅の列車に乗ろうとしたが、翻意して焼き捨てる。その時、目の前を、「過去から逃げ」るようにして、荒波が待ち受ける都会へ出ようとする女が通り過ぎてゆく。男は、「過去から逃げ」ることはできないと、あらためて思い、女の「過去」をも引き受ける思いで、佇むことになる。英次(高倉健)が佇む場所は、まぎれもなく終着駅という場所だ。どこへも逃げるところはないが、それでも、「駅」は、往きて還る場所であり、まぎれもなく現在という場所なのだ。そして、そこは、わたしたちにとって、ひとつの共同性の場所でもある。

(『塵風 第6号』15.10)

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