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2015年8月 1日 (土)

上村忠男 著『回想の1960年代』(ぷねうま舎刊・15.4.23)

 著者は、一九六〇年春、尼崎から上京し東京大学に入学する。まさに安保条約改定反対闘争が激化しつつある時だった。著者もまた、その渦の中に入っていくことになる。本書を読了後、偶然にも六〇年安保ブントの理論的リーダーだった姫岡玲治こと青木昌彦の訃報が入った。姫岡は、六〇年代を公的に語ることはなかったが、著者より十歳年長で当時の全学連書記長だった島成郎には、死後刊行された『ブント私史』があり、著者と同年生まれの三上治には『一九六〇年代論』がある(西部邁の『六〇年安保 センチメンタル・ジャーニー』も挙げてもいいが、本書では、長崎浩の『1960年代――ひとつの精神史』が引かれている)。本書をその流れのなかで読み始めたわけだが、情況論的な視線で追っていくと、幾らか違う断面に遭遇することになる。やや強引ないい方になるが、島の書名に倣っていえば、“一九六〇年代におけるわが思想私史”といっていい気がする。
 著者は、入学後、『東大教養学部新聞』に所属する。一学年上級の編集長が柏倉康夫であったという。六月十五日の情況は、著者が当日の取材記事として、『東大教養学部新聞』第一〇九号(一九六〇年六月二〇日発行)に掲載された文章を引いて詳述されていく。回想文ではなく、本人自身がまさしくリアルタイムで綴った文章であることで、率直にいって、わたしには深く伝わってきた。
 「憎しみと憎しみとの目をおおいたくなるような激闘二十分の後にデモ隊は完全に門外へ押し返されてしまった。/シャツは血と泥にまみれ、撲られ踏みにじられてしびれるような痛みをこらえて負傷者の介抱をする間を救急車のサイレンが長く尾を引いて各病院へと去って行く。/『女子東大生が死んだ』/(略)デモ隊は女子学生の死に怒りの涙を流しながら静かに構内に入った。(略)悲嘆と憎悪の感情をじっとかみしめながら涙とすすり泣きの中の一分間の黙祷は実に長い一分間であった。」
 著者は、「いま読み返してみると」、「主情が前面に出すぎている」と自省して述べているが、十九歳(誕生月がわからないから、十八歳かもしれない)の学生が真摯な眼差しで綴った文章と主情溢れた言葉だからこそ、後に論理的に綴られる多くの回想譚より遥かに共感できるといっていい。
そして、著者は、樺美智子が、出身高校(兵庫県立神戸高校)の四年先輩であったことを、その後に知ることになる。
 本書では、六・一五以後、「安保闘争に参加した学生たちが、その運動を別のかたちで持続すべく、郷里に帰って展開しようとこころみる」という帰郷運動や新島闘争(ミサイル試射場設置への反対闘争)を経て、安保ブントの解体を契機にして招来した新左翼諸派の再編過程の中で、著者の思考の遍歴が綴られていく。つまり、安保ブントの理論的核となった「国家独占資本主義論」から「構造的改革論」へと関心を展開させて、東京グラムシ研究会へ、さらに統一社会主義同盟(フロント)へと参加していったのだ。
 「数ある党派のなかでもフロントという党派は教条主義の呪縛からもっとも自由で、新しい政治文化の動向をもっとも機敏に察知して柔軟に対応する能力を具備した党派であった。そしてわたしの選択基準は、なによりもまずもっては政治文化の新たな可能性にどの程度まで開放的であるかという点にこそあったのだった。」
 わたしが一年間の受験浪人生活を経て大学に入学したのは、一九六九年春だった。周知のように全国的な大学闘争と新左翼諸派の対抗的運動が苛烈化していく時期でもあった。その当時、わたしのまわりでは(わたし自身もそうだったが)、構改派(フロント)に対してある種の偏見と誤解を抱いていたように思える。著者が本書で論及していく、グラムシやトリアッティの思想に対する自分なりの偏見を解き放つことになるのはかなりの年数を経ることになる
 吉本的ないい方をするならば、ロシア・マルクス主義(スターリン主義)を超える可能性を持った新しい理念として構造的改革路線を志向した著者にあって、やがて、「構造的改革論とはつまるところ、この革命の不可能性をこそ無言のうちに呼びかけていたものだった」という認識へと至る。グラムシの「獄中ノート」を手掛かりに修士論文を執筆し、フッサールを通して、「ヴィーコという十八世紀ナポリの哲学者」を知り、イタリア思想史を核とした研究者の道へと進むという「再出発」を確認し、六八年三月、東京を離れるところまで、記述されていく。つまり、東大全共闘が日大全共闘とともに全国大学闘争を主導していく直前で、本書における回想は閉じられることになる。

(『図書新聞』15.8.8号)

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