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2015年6月19日 (金)

戸田昌子・比留間洋一 編                                    『シャッター以前vol.6 没後30年記念号《アキヒコ》を索めて』(岡村昭彦の会-発行、川島書店-発売・15.3.29)

 わたしにとって、岡村昭彦(1929~85)は、ベトナム戦争の現場に立った報道写真家ということになる。ベトナム戦争が終結して、丁度、五十年という長い時間が経過した現在から、当時の情況分析を披瀝しても、意味がないと思うが、わたしは、当時、ベトナム戦争にたいして直截に反戦運動へ喚起させていくことに逡巡していたといっていい。抵抗するベトナム民衆の影に中国やソ連の力が見え隠れしていて、アメリカに対峙していくのは、当然としても、米中ソという大国的思惑から自立していくベトナム民衆を支援する運動でなければならないと考えていたからだ。そして、そもそも報道写真というものにたいしても、どこか疑念を払拭できないでいた。岡村をベトナム戦争へ写真家として駆りたてものはなにかということが気になりながらも、何十年もの時間を経てきたいま、現況の西アジア情勢とベトナム戦争を安直に対比することは避けたいが、戦場カメラマンと称したテレビ・タレントが登場したり、多くのフリーランサーが民族間内戦の只中へ向かって死を招来しているのを目の当たりにして、彼ら彼女らのいわば先駆けともいえる岡村なら、この現状をどう捉えてみせるのだろうかと考えざるをえない。
 岡村昭彦が亡くなって三十年の今年、池上正治、岡村春彦、暮尾淳、玉木明、中川道夫、米沢慧ら十五人の編集同人によって『シャッター以前 vol.6』が刊行された。岡村没後の五年後の90年に創刊号(当時は、発行母体は岡村昭彦発見の会としていた)を出しているから、ほぼ五年ごとの刊行ということになる。〝シャッター以前〟とは、実に意味深い誌名だと思う。昭彦の弟、春彦は創刊号の巻頭に配置した「刊行にあたって」で次のように述べている。
 「昭彦は己れの目指す生き方を生きるために、可能な限り誠実に全身全霊を捧げようとし、そこで発見したものをまた己れの目標とすることによって、ついにはほとんど不可能と思われるものを完全に解明することをめがけていたようにおもわれてならない。/戦争のなかに立ちながら反戦を、最新の科学の発展を知ることで真の生を、それも絶えず弱者の側に身を置くことを自らに課しながら考え続けていた。/激動する現在の世界情勢の報道のなかに昭彦の仕事が見えないのはいかにも残念なことだが、今を生きる人達のなかに〝シャッター以前〟の思想が生き続けることをそっと願う。」
 わたしは、「〝シャッター以前〟の思想」ということに、率直に感応する。報道写真は、写真の中に写真家の、あるいは報道する側の立ち位置(それは、やがて思想に通底していく)が見えない限り、見るものの心奥を撃つことはありえないと思う。あえて、誤解を恐れずにいえば、有名なベトナムの少女、キム・フックを撮った写真に、わたしは、共感できないといえば、立ち位置の切実さは理解できるはずだ。
 昨年の七月から三か月間、東京都写真美術館で、大規模な岡村昭彦の回顧展「岡村昭彦の写真 生きること死ぬことのすべて」が開かれた。わたしは、この回顧展の前に佇んで、ただただ岡村の仕事に圧倒されたといっていい。岡村は、部落解放運動を端緒として、戦争の現場に立ち、反公害の立場から運動に参画、やがて、水資源問題に取り組むことで生命倫理学へと関心を拡げていき、晩年は、といっても五十代だが、死を迎えることへのケアの問題としてホスピス運動へと取り組んでいく。八〇年代前半、わたしたちのまわりで、まだだれも終末期医療やホスピスという問題が語られることのない時だった。
 回顧展を「生きること死ぬことのすべて」と題したのは、わたしたちにとっても普遍課題ではあるが、まさしく岡村が疾走した時空間を象徴したいいかたであるといっていい。企画を担当した戸田昌子は、「岡村の写真を見続けたなかで、この人は、人の死を通じて生きることの輝きを撮った写真家だ、と思う」とし、「そうした姿勢は、ベトナムからホスピスへ通底する姿勢であると思った」と直截に述べながら、次のように記していく箇所に、岡村昭彦の「〝シャッター以前〟の思想」が間違いなくリレーされていると思った。
 「『戦場』だけ岡村の現場だとみなさず、すべて等価なものとして展覧しようとした。岡村の凄さを印象づけようとしたのではなく、あらゆる日常の場を戦場としてみた岡村の徹底した視線を、展覧会場という場で再現しようと試みたのであった。」(「写真展を終えて」)
 本誌は、他に比留間洋一「岡村昭彦撮影のベトナム中部高原・戦略村の写真を読む」、米沢慧「心(いのち)の劇としてのホスピス」、池上正治「岡村昭彦の中国」など、興味深い文章が掲載されている。編者たちは「《アキヒコ》という資料」の継承と読解を謳っている。確かに、《アキヒコ》という存在とその仕事は、まだまだ未知の様態を多く湛えていると思われるが、わたしなら、もっと直截にいってみたい。
 わたしたちにとって、「《アキヒコ》という現在」はなにかと。

(『図書新聞』15.6.27号)

       

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