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2015年10月 4日 (日)

八木晃介 著『親鸞 往還廻向論の社会学』(批評社刊・15.6.25)

 親鸞をはじめとする、中世の時代に生起した諸仏教の実践者たちは、宗教性を身に纏いつつも、実は思想者としての相貌を持っていたといっていい。それは、当時の時代情況や社会様態を考えてみれば、理解できるはずだ。差別的な支配や、自然災害、飢饉によって苦しむ人々が求めていた未知の未来へ、生きていくための縁(よすが)として宗教は必然性を有していたということだ。わたしも含めてだが、親鸞は、その時代においてだけでなく、日本思想を通観してみても、傑出した存在であったといえる。これまで、宗教者はもちろんのこと、哲学者、思想家、文学者、運動家や市井の人たちも含めて、様々なかたちで最も多く親鸞は語られてきたといえる。
 『現代差別イデオロギー批判』、『部落差別論』(いずれも批評社刊)などの著書を持つ著者だからこそ、現在の「戦後最低の“濁悪世”」の情況のただ中に、敢えて本書を著したのだと、思う。「本書はどこまでも『私の親鸞』観であり、客観的・普遍的な親鸞像の構築をめざすものでは」ないと述べているが、“私の親鸞”であり、“私観”であるからこそ、読む側の心奥へと直截に響いてくるのではないかと、わたしならいいたい気がする。
 書名となっている「往還廻向」という概念は、浄土真宗の、つまり親鸞思想の骨格をなすものだ。つまり、「往相(おうそう)」と、「還相(げんそう)」のふたつの廻向に「言及したのは親鸞ただ一人だと」著者は述べながら、次のように論述していく。
 「往相とは念仏信心の個人が弥陀の本願に摂取されて往生する局面ですが、還相はその個人が現世に立ち返って類的存在として他者(衆生)を利益し救済(利他教化)するステージです。」「強調すべき点は、この往相と還相とのいずれもが、来世においてではなく、ほかならぬ現世においてなしとげられるべき浄土実現の道筋であると親鸞がかんがえていた事実です。」「私自身は、往相は還相の前提であり、還相実現のための不可避的な局面が往相であるとかんがえています。」「浄土を命終後の世界とかんがえるのは本質的に親鸞的ではなく、否、むしろ反親鸞的でさえあると私は理解しています。」
 末世の信仰がないわたしではあるが、親鸞が説く浄土理念には強く惹かれているのは確かだ。それでも親鸞が説く“浄土”は、彼岸のユートピアではなく、此岸にあるべき理想世界だと思う。だから、ここでの著者の論述には、ただただ首肯することになる。
 本書では、“非僧非俗”、“悪人論”や“宿業”といったことをめぐって、これまでの様々な論議を踏まえながら、著者の親鸞論が展開されていくわけだが、何よりも、わたしは、著者の「私の親鸞」観を象徴的に語られている〈場所〉に拘泥したい。著者は、一九六〇年四月に京都の高校に入学し、当然のことのように安保闘争に参加していく。そして、六月一五日のデモ後に「疲労困憊して帰宅後、なぜか『歎異抄』を読んでいるときに、東大生・樺美智子さんの死を知り、まったく見ず知らずの人の死に涙する初の経験をしたことが今も記憶に鮮明です。そのとき、ほとんど脈絡もなく『親鸞はアナキストではないか』と感じたことが、親鸞を意識した最初の感覚でもありました」と述べて、次のように語っている。
 「当時の私は、よく意味もわからぬままにアナキズムへの一定の憧れをいだいていました(略)。アナキズムを通俗的に『無政府主義』と訳すことに違和感があり、私としては時宜どおりに『無権力主義』と私訳してひとり悦にいり、友人たちにもそれを吹聴していました。権力というものは人間と人間との間にはたらく一つの力であり、(略)密かにはたらく不可視の力でもあるというイメージですが、そうしたタイプの権力を無化するには一人ひとりの人間がいかなる生きざまを選択すればよいのか、高校生時代から現在にいたるまで私はそのことをかんがえてきたようにおもっています。/私が高校生時代から今にいたるも一貫して夏目漱石を敬愛するのは、私のいう意味でのアナキズム的雰囲気が漱石にはあるからです。」「党派心をもたず主体的な一人の力量において理非を明確化していくなら、徹して国家権力と対決せざるを得ないのが道理であって、親鸞はあの激烈な『主上臣下』糾弾をつうじてそれを実践していました。漱石の場合は、親鸞ほどに徹底はしませんでしたが、それでも、あの時代、あの場所において『国家は大切かも知れないが、そう朝から晩まで国家国家といってあたかも国家に取りつかれたような真似は到底我々に出来る話ではない。(略)』と言い放ったのです。(略)『ひとり』になって国家権力と対峙するとき、親鸞の念仏も、漱石の自己本意という個人主義も、きわめて重要な思想的武器たりえたのではないかと私は想像するものです。」
  “「私の親鸞」観”だからこそ、このように、苛烈で、鮮烈な親鸞をめぐる〈相貌〉を浮き上がらせることができるのだ。

(『図書新聞』15.10.10号)

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