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2014年12月 8日 (月)

【書評】いま、対抗する思想は可能か             ――『大杉栄伝 永遠のアナキズム』をめぐって

 昨年は、大杉栄・伊藤野枝が虐殺されて90年ということもあり、大杉栄関連本が幾冊か刊行された。「大杉栄と仲間たち」編集委員会編『大杉栄と仲間たち―「近代思想」創刊100年』(ぱる出版・13.6刊)、飛矢崎雅也著『現代に甦る大杉榮―自由の覚醒から生の拡充へ』(東信堂・13.11刊)、そして、本書であるが、『大杉栄と仲間たち』は論集というかたちなので、執筆者の年齢は様々だが、『現代に甦る大杉榮』の著者は74年生まれ、本書の著者は79年と、わたしが、二十歳前後に大杉栄を読んでいた時、二人は、まだこの世に誕生していなかったことになる。やや、複雑な感慨を抱かざるをえない。正直にいえば、わたしは、二十歳前後の数年で、大杉への関心は、終わってしまったといっていい。そもそも、アナキズムへはいり口は、埴谷雄高や高橋和巳だったから、幸徳も大杉も、とりあえず、どんなことを述べているのだろうかといった興味から読みはじめたからかもしれない。むしろ、バクーニンには、強く惹かれるものがあり、それは、いまに至るまで続いている。そういえば、大沢正道が『大杉栄研究』(同成社、68年刊)を刊行した年齢が41歳だった。とりたてて二人の年齢自体、特筆すべきことではないかもしれない。ただ、70年前後の頃は、まだ、からくも、大杉栄や辻潤や幸徳秋水は、アクチュアルであったと思う。擬制左翼、あるいは前衛党神話が崩壊して、十年も経っていなかったわけだから、新左翼的潮流のなかに、アナーキーな運動萌芽が胚胎していたなかで、大杉もまた、格好のテクストといえたからだ。しかし、ここ、十年を俯瞰してみれば、果たして、幸徳秋水や大杉栄の思想や思考方法(僅かに、辻潤は現在でもいくらか耐え得るはずだ)は、どんな意味を持つのだろうかと率直にいえば思わざるをえない。
 しかし、本書の著者は、実に、自在な視線を大杉の思想と行動に射し入れて、わたしには思いもしなかった大杉像を喚起してくれたといえる。
 1918年8月、前月、富山で起きた米騒動が、大阪へも波及して来た時、大杉は、九州からの帰途、たまたま、大阪に降り立って、米騒動に遭遇したことから、本論は書き出されていく。そして、著者は、軽快な文体にのせて、大杉の思想の原像とでもいうべきものを明示すべく、その時の体験へと苛烈に論及していく。

  「大杉にとって、蜂起とは、町奴が泥棒になるということであった。(略)大工や飛び職をなりわいとしていた次郎吉。いかけ屋であった松五郎。かれらは仕事道具をかなぐり捨てて、泥棒へと転身をとげた。『嗚呼、あれも人生、これも人生』。カネは金持ちから奪いとるものだ。みじめなおもいをしてきた町奴が、身分、立場、仕事、アイデンティティ、そのすべてを投げ捨てた。大杉は、こうした江戸っ子のような意気こそが、蜂起の核心であると考えたのであった。(略)日常的につちかってきた生きる力こそが、金持ちを襲うための最大の武器であった。おそらく、このことは職人にだけあてはまることではない。主婦でも学生でも、サラリーマンでも農民でも漁民でも、不良少年でもやくざものでも、誰でもなにかしらの武器はもっている。しかし問題なのは、たいていの武器がカネを稼ぐための、仕事のための道具にさせられていることだ。いちど道具をかなぐり捨てて、みずからの武器を手にしてみよう。そのとき、民衆の武器は無数に存在し、その種類も使用方法も千差万別であることがわかるはずだ。1918年の米騒動。それはまさに、一〇〇〇万人の町奴が泥棒になった瞬間であった。もはや米は買うものではない。米は米屋から奪いとるものだ。」(「第一章 蜂起の思想」・34~35P)

 著者が、ここで「蜂起とは、町奴が泥棒になるということ」と明快に述べているわけだが、なんのレトリックもなしに、直載にいわれてしまえば、否といえない思いになってくるから不思議だ。このことは、全編を通していえることだが、「日常的につちかってきた生きる力」や、「誰でもなにかしらの武器」を持っているものなのだと語る、そのような表明の仕方によって、わたしは鮮烈に感受してしまうことになる。著者の自在な視線は、米騒動から「蜂起のイメージ」を析出してしまうことにあるわけだが、もうひとつ、拡張した視線ということも付け加えてもいい。「職人」だけでなく、「主婦でも学生でも、サラリーマンでも農民でも漁民でも、不良少年でもやくざものでも、誰でも」という拡げ方がいい。これは、閉じていく発想ではなく、開いていく発想として、わたしは、共感する。ただし誤解のないようにいえば、わたしは、「蜂起」という可能性というものをここで論じられているとは思ってはいないし、著者もそのようには考えてはいないはずだ。肝要なことは、自分たちが、いま、立っている場所を確信していくことにある。対抗する思想や考え方というものは、まず、いかに対抗していくかというところから発現していくのではない、著者がいうように「日常的につちかってきた生きる力」をシンプルに「武器」であるということを確信することにある。むろん、「武器」は、様々なメタファーとしてあるのは、当然のことである。

  「『近代思想』誌上での大杉は、人間の自我に注目して、みずからの思想を展開するところに特徴があったが、(略)大杉がおもしろいのは、こうした自我の思想、とりわけニーチェの思想を進化論とむすびつけていた点である。(略)千葉監獄で学んだ生物学や文学は、これまでのクロポトキンの思想をさらに深める役割をはたしていたということができる。もともと、クロポトキンは人間を標準的なものにかこいこみ、その優劣をはかることに反対していた。それでは人間が支配の道具に変えられてしまうからだ。クロポトキンが相互扶助をといたのは、ありふれた生の無償性こそが、そうした資本主義の標準にたいしてあらがうことができると考えたからである。だが、それではたりない。ニーチェは、さらに個性の完成という思想をもちこんだ。(略)大杉は相互扶助に加えて、自我の力という視点をいれることで、ありふれた生の無償性をよりひろくとらえようとしたのである。」(「第三章 ストライキの哲学」・99~104P)

 大杉の思想の基層というのは、多岐、多様に渡り内外の書物から、自分なりの受容の仕方で醸成していったものだ。進化論とニーチェは、一見、アンビバレンツなイメージを持つが、そこを結びつけていくところは、大杉の開かれた感性があるからだ。思想やイデオロギーというものは、どんな理想のイメージを付与されていたとしても、やがて、硬直化し、閉じられたものとなっていく宿運というものを忌避できない。それは、アナキズムといえども、同様である。大杉が、クロポトキン主義に偏重させていくのではなく、自らの感性によってかたちづくっていく思考の有様へと試行錯誤していったことに、もっと注目していいのだ。
 さて、ここからが、本書の核心に触れていくことになる。著者は、「クロポトキンが相互扶助をといたのは、ありふれた生の無償性こそが、そうした資本主義の標準にたいしてあらがうことができると考えたから」だと述べる。「日常的につちかってきた生きる力」といい、「ありふれた生の無償性」といい、感性を刺激するいい方だと思う。しかし、ここではまだ、難渋性から解き放たれているわけではない。もう少し、先を見てみよう。

  「相互扶助。八太は、純然たるコミューンのなかに、相互扶助の理想をみいだしていた。そして、そこから逆算して、運動のありかたを決めていた。(略)大杉の場合、相互扶助は究極の理想ではなかった。それがないということではなくて、いつでもどこにでもあるものであった。相互扶助はありふれた生の無償性のことであり、日常的にちょくちょくやっていることである。見返りを求めずに、ひとのためにしてあげる。それは農村コミューンにもみられるだろうが、ふつうに友人同士で遊んでいるときだって、労働組合で活動しているときだって、工場で働く労働者のあいだにだってあらわれている。(略)この無尽蔵にわきあがってくる相互扶助の感覚を、どうやってひろげていけばいいのだろうか。資本主義というものが、人間の活動を採算のとれるものへと切り縮めているのだとしたら、それをどうやってたたけばいいのだろうか。その手段や方法は、いくらでもあるはずだ。無数にありうる生の無償性を武器にすること。大杉の場合、米騒動のイメージをもってこういうことがいえたのだろう。しかし、よく考えてみると、関東大震災をみたあとのアナキストは、なかなかそうもいえなかったのかもしれない。いちばんひとが助けあうべきときに、未曾有の大虐殺がおこり、大杉も殺されてしまったのだから。純粋にただしい理想にすがりたい。ありふれた生の無償性か、それとも究極のコミューンか。かつて八太とおなじような問題を提起していた岩佐作太郎にたいして、大杉はこう述べていた。『いい問題だ。かなり難しい問題ではあるだろうが、しかしだいぶ進んだ問題だ。』」(「第六章 アナキストの本気」・252~253P)

 ここでの、純正アナキズムを説いた八太舟三と大杉を対比する手捌きは鮮鋭だ。そもそも、わたしは、労働組合至上主義を批判していくのはいいとしても、八太の純化させていく理念に、あまり共感した記憶がない。実は、わたしが、バクーニンに傾斜していったのは、クロポトキンの理想主義的な相互扶助概念に馴染めなかったからだ。もうひとつある、自由連合という言葉にも僻々した覚えがある。そもそも初めから、結びつくことを前提としたビジョンほど、怪しいものはない。「大杉の場合、相互扶助は究極の理想ではなかった。それがないということではなくて、いつでもどこにでもあるものであった」と、著者は簡明に述べていく。わたしも、そう思う。とすれば、それはもはや究極の理想のコミューンなんかではなく、“ありふれた日常”の地べたの関係性ということになる。それでいいのだと、わたしならいい切ってしまいたい。コミューンや共同体というものは、それが、いつでも開くことができるのならいいが、閉じていく可能性を内在させている限り、なにか理念の共有を強いるものになり、結局一つの共同幻想に過ぎなくなる。
 わたしは、ただ「生の無償性」という言葉だけなら、それほど感応しなかったと思う。そこに、「ありふれた」としたことによって、「いま」を少しずつでも、推し進めていく「力」にはなるはずだと考えたいのだ。大杉の言葉の意味するところは、なかなか焦点を捉えにくいかもしれないが、たぶん、一つの方向だけに特化する進み方ではなく、様々な捉え方があっていいのだ。そういう動態によって、自然に連携していけば、なにかが、変わりだすかも知れないと、思っていたのではないかといいたい気がする。それこそが、いうところの永遠のアナキズムなのかもしれない。

※栗原康著『大杉栄伝 永遠のアナキズム』
夜光社・13.12.24刊 四六判 320頁 本体2000円

(『アナキズム』第18号-14.11.25)

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