« 堀江朋子 著『菅原道真と美作菅家――わが幻の祖先たち』(図書新聞刊・13.12.31) | トップページ | 上野延代遺稿集『蒲公英――百一歳 叛骨の生涯』         (上野延代遺稿集刊行会刊・13.12.15) »

2014年3月15日 (土)

つげ忠男 著『出会ってみたい人』(ワイズ出版刊・14.1.25)

 つげ忠男、三年ぶりの作品集である。ただし、本集に収録されている作品「曼陀羅華綺譚」は、前著『曼陀羅華綺譚』(北冬書房刊・11.4)からの再掲載ということになる。漫画作品は、他に「女ご衆漁」(書き下ろし)、「変転」(初出『幻燈 13』・13.6)。書名とした「出会ってみたい人」は、「思想の科学」76年1月号から12月号まで連載されたもので、人物画に短めの文章が見開きで配されていて十二点の画集のような趣きになっている。そして、絵本「バルトークの生涯」(初出「おんがくのほん」74年7月号)と題した、高橋英郎の文との合作というかたちの作品が最後に収められている。
 先日、繊細かつ独自のアグレッシヴな演奏で魅了し続けている橋口瑞恵というヴァイオリニストのライブでバルトークの「ヴァイオリンのための無伴奏ソナタ」(最晩年の作品)を聴いた。圧巻の演奏だった。演奏前にMCのようなものを入れるのが彼女のライブの特色で、バルトークについての語りもじつに良かった。アメリカ亡命後の悲惨な生活、自らの故郷の土地の音楽(民謡)への憧憬といったことを、その時、知ったことになる。前衛的で難解な音楽を紡ぎ出した音楽家というイメージだったバルトークが、なにか暗い道筋にその生を過ごしていたとは、意外な思いをしたといっていい。高橋英郎とつげ忠男の「バルトークの生涯」には、つげ忠男の陰影深い描出と、高松のたんたんとした筆致が共鳴して、メロディーを奏でているかのように、バルトークの孤絶感を表象している。特に農民たちの歌う佇まいがいい。
 「出会ってみたい人」は、七十年代のつげ忠男作品に繋がる人物たちが活写されている。
 「『なにもかも一体どうなってんだよオ 冗談じゃないぜ、まったく』と、雨の中で呟いているヤクザ」「『戦争? カッコイイようォ…… 軍隊ってところは本当に楽しかったねえ』などと、安酒場の片隅で吠えている特攻隊生き残りの本格派アウトロー。」「気紛れに人をなぐり、やりたければ犯し、そんな風に土地から土地を渡り歩く初老の男。」「毎日 やはり 浜へ 出るしかない 盲目の漁師。」「いつ自分がそうなり 何年過ぎたのか 思いかえしてみる事もなく、小さなアパートの部屋でただ ひっそりとすごす女性(ひと)。ブルーフィルムの中でのみ、活き活きと見える女性(ひと)。」「結局、本当はどうでも良いのだ と、そんな感じで 終わっちまえ!」
 つげ忠男は、「あとがき」で、この「出会ってみたい人」について、「迫力はある」、「今の自分が失ってしまったものが見える」と述べている。確かに、短文と画像の間を横断する作者の息遣いのようなものは、先鋭的に感じられる。だが、本集に収められている漫画作品三作との時間の幅は、三十年以上あるのだ。しかも、この間、つげ自身にとって、「体調不良」という大きな障壁のなかでの、途切れることのない表現行為を考えてみれば、同じように「迫力ある」描像を表出することは、至難であることは、わたしたちも理解しているつもりだ。
 初出時、「変転」という作品に、少なからず戸惑いを覚えたのだが、イノセントに「漁師になりたい」という願望(それは、「体調不良」であることからくる「変身願望」といえなくもない)を込めたものだと捉えれば、やや断絶感を持ってしまった物語であっても、それが、つげ忠男の現在なのだというべきかもしれない。
 「曼陀羅華綺譚」は、男女三人の出会いと邂逅を通して、「性」と「死」が、遊戯的感性のようなものを漂わせながら、浮遊していく物語だ。いうなれば、この遊戯感や浮遊感といったものが、つげ忠男を支えている膂力のような気がする。最新作「女ご衆漁」は、そう意味でいえば、土俗的(あるいは秘儀的といってもいい)なモチーフを、敢えて「明るく」変容させて描出させながら、作品に内在する混沌とした共同性を浮揚させて、感動的であると、わたしはいいたいと思う。
 三作品に共通するものは、「魚釣り」ということになるが、大作『舟に棲む』があるように、つげ忠男と釣りは、ひとつの「生」の証しでもある。「出会ってみたい人」には、「盲目の漁師」の他に、もう一人、漁師が登場する。極太い指をした手を活写した画像に、「ある日、突然に 海を捨ててしまった漁師」と付されている。手は、まさしく「迫力ある」イメージをわたしたちに喚起する。そして、その手は、漁師の手であるとともに、漁師になりたくてもなれない漫画作家の手でもあるのかもしれない。

(『図書新聞』14.3.22号)

|

« 堀江朋子 著『菅原道真と美作菅家――わが幻の祖先たち』(図書新聞刊・13.12.31) | トップページ | 上野延代遺稿集『蒲公英――百一歳 叛骨の生涯』         (上野延代遺稿集刊行会刊・13.12.15) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 堀江朋子 著『菅原道真と美作菅家――わが幻の祖先たち』(図書新聞刊・13.12.31) | トップページ | 上野延代遺稿集『蒲公英――百一歳 叛骨の生涯』         (上野延代遺稿集刊行会刊・13.12.15) »