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2014年1月20日 (月)

映画『シュトルム・ウント・ドランクッ』考               ―――山田勇男の〈夢〉が彷徨する先は

 
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 大正ギロチン社をモチーフに映像詩人の山田勇男監督が、ようやく映画化することになったと、昨年の初春頃に知り、わたしは、驚きと共に、おおいなる期待感を抱いたといっていい。それは、十年前に、鈴木清順監督で『疾風怒濤』と題し、映画化が企図され、その脚本づくりのプロセスの一端に、関わったわたしとしては、複雑な思いを抑えることができなかったのは、確かだったが、鈴木監督での作品化を断念せざるをえない段階で、あらたに、山田勇男による脚本・監督で再スタートしたことを知っていたこともあって、よく実現への端緒についたなという感慨が湧きあがってきたからだ。だが、撮影に入ってから、様々なことが生起し、完成も危ぶまれたのだが、それでも、上映(11.11の特別試写会と、11.16大杉・野枝没後90年集会での一般特別公開)へと辿りついたことは、率直に賞賛したいと思う。
 山田勇男にとって、『蒸発旅日記』以来、十年振りの劇映画作品であり、しかも、二時間を超える長大な作品となった『シュトルム・ウント・ドランクッ』を撮り上げたことの意味は、大きいはずだ。わたしは、訳知り顔で山田作品を論じられるほどに、作品を丹念に見てきたわけではないが、この『シュトルム・ウント・ドランクッ』は、まぎれもなく、山田勇男のフィルモグラフィーのなかで、傑出した作品となったことは、断言していい。
 わたしが、山田勇男という名前を知ったのは、しばしば、執筆参加していた『夜行』(北冬書房・発行)誌上であった。湊谷夢吉という作家がいた。彼の劇画作品が初めて『夜行』に掲載されたのが、八号(79.5刊)の「続・惜春記」であった。以後、毎号、掲載され、「マルクウ兵器始末」、「魔都の群盲」、「虹龍異聞」といった傑作群を次々と発表していく。しかし、残念ながら、88年6月に急逝。8月に偲ぶ会があり、わたしは、湊谷には一度も会ったことはなかったが、『夜行』を通しての共感の思いから、参加した。二次会では、大勢の人が集まっていた。おそらく、その同じ場所に、山田勇男もいたと思うが、その時はまだ、彼のことは知らなかった。『夜行 16号』(89.3刊)に、わたしは、「流離する物語」と題したつげ義春の旅作品論のような文章を発表した。この号は、秋山清の追悼特集と共に、「湊谷夢吉追悼特集」でもあった。そこに、山田勇男は、「緑色のハート」という文章を掲載している。それが、わたしとって、山田勇男という名前を初めて眼にした時だった。後に、札幌で湊谷とともに、銀河画報社を結成し、『スバルの夜』、『夜窓』など、多くの8ミリ映画作品を発表していたことも知る。それ以前は、寺山修司のもとで、映画美術に関わっていたこともわかり、わたしは、一方的に、親近感を抱いていったように思う。ただし、「8ミリの世界では、山田さんは『巨匠』だった」(古屋淳二「映画『シュトルム・ウント・ドランクッ』をめぐって」―『アナキズム17号』掲載)ことは、その頃、知る由もなかった。しかし、実際に山田と直接、会ってみると、寺山や湊谷と連結されるはずの多彩な表現に対する熱情のようなものは感じられず、むしろ、表現への思いを自らの内奥に核として深く静かに潜在させているように思えてならなかった。山田による『夜行 18号』(93.2刊)の表紙カヴァーデザインは、後にしばしば、散見されるようになる独特の色調と文字体の苛烈さを象徴していて、寺山や湊谷と通底するものが、あったとはいえ、同号に発表された漫画作品「日向の匂い」は、静謐でありながらも、その描線の有様は、強い思いを湛えているような気がした。むしろその時、山田の本領は、そういうところにあると、確信めいたことを感じた覚えがある。
 その後、『夜行』、『幻燈』と引き継がれるなか、わたしにとって漫画作品が、リアルタイムで接していた山田作品ということになる。そして、山田は、03年につげ義春原作の『蒸発旅日記』を監督作品として、わたしたちの前に、提示した(92年の『アンモナイトのささやき』以来の劇映画作品ということになる)。この作品は、山田勇男にとって、自らの内奥に核として潜在させていたものを率直に表現したものであったと、わたしは思っている。
 それは、『幻燈 No.4』(02.10刊)に掲載されたインタビューで、山田は、「わたしが今までつくってきた映画の方向性というのは夢の感覚のリアリティみたいなもの」だと答えていたからだ。つまり、わたしは、埴谷雄高的な意味で、「夢の感覚のリアリティ」を存在感覚の位相へと結びつけて、山田のいう「夢の感覚のリアリティ」という言葉に感応したのだが、もう少しアクティヴに捉えた方が「夢の感覚のリアリティ」は、大きな意味を持ってくるといっていいかもしれないと、いま、この稿を起しながら考えている。

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 映画『シュトルム・ウント・ドランクッ』について、述べてみたい。わたしは、鈴木清順の「花」というエッセイから紡ぎだされるギロンチン社のイメージによって、喚起される思い入れを、断絶させたところから、この作品に向き合うことを、前提としたい。つまり、当初の『疾風怒濤』と、同じ語義を持つ『シュトルム・ウント・ドランクッ』は、まったく別の企図を有したものだと見做すべきなのだ。当然、そのことは、企画者の高野慎三が当初抱いていた制作意図(『アナキズム 17号』掲載)とも、離れるものだといっていい。だからといって、そのことを負の意味でいっているのではない。これは、声高にいっておきたいことだが、『蒸発旅日記』と『シュトムル・ウント・ドランクッ』は、ひとつの連続した世界をかたちづくっていると捉えるべきなのだ。わたしは、ここで、映画における作家主義に拘泥しているわけではないし、監督第一主義を主張したいのでもない。
 高野慎三・山田勇男共同脚本と銘打ってある撮影台本を見ながら思ったのは、そこには、わたしが、これまで想起してきた古田、中浜、和田、村木といった関係性の有様を、あまり微細には描かれておらず、鈴木清順作品の初期構想の女テロリストが、登場し、彼女がいわば、時空の横断を象徴させるかのように物語をかたちづくっている。そのことは、この作品が、必然的に歴史活劇と、リアリズム映画の狭間にあることを示している。映画は、作りものであり、虚構の世界を描いているものだとしても、どこかで、事実的な事柄をモチーフにしている時、見る側にとって、そこになんらかの視線を這わせていかざるをえない。それは、作品にとって不運なことだと思う。だからこそ、わたしたちは、自分たちの抱いてしまっている大正アナキストたちへの憧憬感をいったん排除したところで、この作品に向き合うべきなのだ。とすれば、女テロリスト・松浦エミル(中村栄美子)とは、どのような存在として見るべきだろうかという思いが切実なものとなってくるといっていいはずだ。
 何度か、エミルに自分は「幽霊」であるといわせているが、わたしは、そのようにいわせてしまうことに、疑義を挟みたい。中浜や古田たちにいわせるならわかるが、エミル本人にいわせるべき言葉でない。
 なぜなら、まるで、敢えて物語を断絶するかのように、印象深く描出される窓から見える月のカットと同じように、しばしば導入されるエミルの佇む姿は、「幽霊」という言葉を纏うこととはなんの関係もないからだ。むしろ、山田の次のような言葉こそ、佇むエミルに相応しいと、わたしなら思う。
 「ひたすら無いものねだりに明け暮れ、気が付けば未だ八ミリフィルムに虫眼鏡をあて、光を透かしている。そのまま見ても、何が映っているのか、滲んだ色彩の、あわいの切片でしかない。そんな寂しい思い。だが、いつも出会いが、僕を救ってくれていた。そこに僕らの映画がある、と思った。」(「僕の『存在と無』 あとがき風に」―『星のフラグメント 山田勇男のあしおと』・ワイズ出版、03.7刊)
 エミルは、時間や空間を横断する存在ではない。もちろん、「幽霊」でもない。エミルは、死者たちの関係性を語りつぐ存在としてあるのだと、わたしなら見做してみたい。佇むエミルの姿は、寂しさを滲ませている。鎮魂の思いを湛えているとも捉えることができるかもしれない。だからこそ、関係性というものへの希求の象徴として、エミルはあるといいたい。中浜や古田たちの方こそが、既に死者であり、幽霊という存在なのだ。「寂しい思い。だが、いつも出会いが、僕を救ってくれていた」と語る山田勇男は、そのまま、佇むエミルの姿に重なっていく。そして、そこに、山田勇男の映画がポエジーを滲ませながら映し出されているのだ。

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 高野慎三の「制作意図」のなかに、加藤泰監督が描いた映画『緋牡丹博徒』シリーズ(全八作のうち、三作『花札勝負』、『お竜参上』、『お命戴きます』を監督している)の藤純子演ずる矢野竜子と、農村青年社の八木秋子の像を重ねながら、松浦エミルに仮託したと述べている。そして、撮影台本では、赤字で「農村青年社」という文字、白字で、「信州コミューン」という文字が書かれている黒旗を掲げながら、「鍬を振り上げ、畑を耕している」エミルの姿を終景にしている。加藤泰の『緋牡丹博徒』三作に魅せられてきたわたしは、高野の意図に全面的に共感しながらも、「ギロチン社」から、「農村青年社」に繋げることに、やや、逡巡しないわけにはいかなかった。
 映画では、終景にではなく、「南天堂」シーンの前に置いた。それなら、むしろ、エミル・農青社の場面は、なくてもいいのではないかと、わたしには感じられたといっていい。むろん、様々な事情で、そういうわけには、いかなかったかもしれないが、エミル・農青社という有様は、山田作品には、異和感を抱かせるものだというのが、ひとつのわたしの見方だといい添えたい。
 終景からエンディングは、ある種のドキュメントタッチで主要登場人物たちの像が描出されていく。「いつも出会いが、僕を救ってくれていた。そこに僕らの映画がある」と述べる山田勇男の、出演者たちにたいして、この映画の現在という場所からのオマージュのように思えた。みんな、表情がいい。彼らの表情は、まるで「夢」の場所から、「いま」の場所のなかで、出会いと関係性をかたちづくったことの達成感のように見えた。
 果たして、山田勇男の〈夢〉が彷徨する先、つまり、「夢の感覚のリアリティ」をつかむ場所は、どこなのだろうかと、問い直してみる。それは、山田勇男にとっても、わたしにとっても、映画『シュトルム・ウント・ドランクッ』で、松浦エミルが見据える視線の先にあるはずだと、見終えた後、わたしは思ったといっておきたい。

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