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2013年1月25日 (金)

大場義宏 著                                     『続/わが黒田喜夫論ノート―試論・「現代詩の現在」の萃点はどこに在ったか―』(土曜美術社出版販売刊・12.11.15)

 詩人・黒田喜夫(1926~84)をめぐる本著を読み進めながら、亡くなる前後に突如、湧きあがった(と記すと著者には不本意なものと思われるかもしれないが)、吉本隆明による黒田喜夫批判を、鮮明に思い出されたといっていい。当然のことだが、本書では、適時そのことが触れられていく。わたしは、本書の著者や、藤井貞和などが指摘するように、黒田喜夫と吉本との「確執」や「乖離」は、果たして、ほんとうにあったのだろうかと考えている。もちろん、『共同幻想論』(68年刊)の四年後に刊行した『彼岸と主体』で、黒田は、吉本の思考方法への疑義を呈したと見做していいと思うし、折りに触れて吉本批判を続けていた。だが、わたしには、黒田の吉本批判は、通例、吉本と論争しあった人たちのそれとは、いささか異貌の様相を持っているような気がしてならないのだ。わたしは、必ずしも黒田喜夫の良き読者ではなかったが、自分なりに読み解いた上での思いは、わが国の有様を支える基層とでもいうべきナショナルな暗部の根源的切開に向かったことにおいては、黒田も吉本も同じ思考の方位を有していたと考えているし、渾身の思いを持って行ったことにおいて、二人の存在は際立っていたといっていいはずだ。もし、二人に「乖離」があったとすれば、それは、吉本が批判すれば、同じように、論敵を批判していく、吉本エピゴーネンといわれてもしょうがない皮相な論者に起因していると見做すべきなのではないかという気がする。例えば、著者も、引いている鹿島茂は、吉本は偉いといってはばからないが、そもそもそんなことを恥じらいもなくいうこと自体、わたしには、信じられないことである。だから、鹿島が吉本の黒田喜夫批判を称揚したところで、それは、なんの意味もないし、結局、鹿島の吉本論が皮相なものでしかないことを露呈したにすぎないといえる。
 さて、本書の壮大な黒田喜夫論ノートの展開の軸を敢えて挙げるとすれば、「修辞的な現在」であり、「似非構造主義」の顕在化であり、そのうえでの、吉本の『言語美』における「自己表出」への批判だ。
 現代詩という枠組み中で、「修辞的な現在」の拡散や、「似非構造主義」の瀰漫によって、黒田喜夫という詩人の存在がますます孤立していくことを著者は、次の様に述べていく。
 「一九七〇年代も押し詰まる頃になると、あるとしてのいわゆる詩壇、文壇にあっても、“「戦後」否定”の思想に通底する言述もよく見受けられるようになる。論述の枕に、あるいは傍論の傍証材料としてついでに、といった文脈の中で、アナクロな否定の対象の位置に措かれて、黒田喜夫への言及がなされるようになるのも自然ななりゆきだった。そのとき黒田氏はきまっていわゆる左翼、革新つまり戦後理念の扱いを受けるのだった。」「黒田氏の表現を意訳しつつ辿れば、戦後の終わり=イデオロギーの終焉の内実たる大衆の世界的自然への回帰状況に対し、自己主体の反立を賭けることで立ち向かうこと、この主体の反立が、当時の偽構造主義的思わせ振りな知的ファッション、そのお粗末この上ない韜晦へと隠れる数多の詩論や作品群へ対抗侵犯していく詩的営為の端緒であること、(略)……等々。」
 もっと単刀直入にいうならば、黒田が戦後、日本共産党に入党した経験を持っていたことを指して、アナクロ的な旧左翼理念を胚胎し続けていると、「修辞的な現在」や、「似非構造主義」的な立場から批判の対象とされたことになる。だが、著者が知っていたかどうかわからないが、わたしの知る限り、晩年の黒田喜夫の周辺には、いわゆる新左翼党派がいたことを記しておこうと思う(そういう観点からいえば、吉本も、新左翼党派並びにその共感者たちから、よく読まれていたことになる)。
 「黒田氏は、(略)“自己表出”の概念の創出に対し厳しい疑義を呈し、激しい批判を展開している。」「黒田氏の“自己表出”批判(それは『言語にとって美とはなにか』一冊への根底的批判でもある。)は、粗暴な言い振りながら、いまから振り返れば、そうした(引用者註=初期マルクスから着想を得て、高々と論を翳したと指摘する)吉本氏のつまみ食い的あり様の指摘でもあったのである。」「吉本氏は、マルクス主義的文学理論の解体を図ると宣明しつつ、じつは突如として新たな文学的イデオロギーを発出してみせ、半世紀のあいだ発出し続けていたのではなかったのか。そしてそれらが私たちのあいだに流通してきた。私たちが流通させてきた。」
 わたしは、こう思う。思想の悲劇は、発現者に起因しているのではなく、受容・流通する、させる側にあるのは確かなことだ。わたし自身の反省を含めていえば、影響を受けた人のものいいを敷衍して、論述の対象をそのまま批判していく様は、思想がいつのまにかドグマに嵌り込んでしまうことに等しい。その時、思想は、対象を喪失した円環の中で彷徨うだけのものになるのだ。
 こうして本書に誘われながら、黒田喜夫と吉本隆明の狭間を揺れる思いで、わたしは漂い続けた。黒田にとっても、吉本にとっても、闘い続けたほんとうの“敵”は、二人を取り囲む外延にあったはずだからだ。

(『図書新聞』13.2.2号)

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