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2013年9月 7日 (土)

つげ忠男・菅野修・山田勇男・うらたじゅん他著『幻 燈 13』(北冬書房刊・13.6.15)

 漫画・劇画作品のアンソロジー集『幻燈』の最新刊である。つげ忠男の新作を見ることができる唯一の漫画集だといっていい。「変転」と題された、待望のつげ忠男の作品に対して、わたしは、なかなか思うような言葉を紡ぎだせないでいる。物語を素描しても、この作品をうまく捉えたことにはならないと思うからだ。それでも、作品の深層に届かせるべく、あえて言葉を取り出して見るならば、四十七歳になる鬼多川淳という三人の男の転位した物語ということになる。「変転」というならば、それはある種の連続性を孕んでいく。わたしが、「転位」としたのは、そこには、連続性と断続性が混在した状態で作品化されているということを意味している。住まいのある場所から四駅ほど先にある銀行の支店長に昇進が決まった、家族四人の父親であり夫である鬼多川淳。マグロ獲りを競いあい、糊口を凌ぎながらも、はるか年下の女性と同棲して、毎日、食事の支度をする男・鬼多川淳。人前で殴られた腹いせに、仕返しに来た若者に刺されて死ぬ、ヤクザを生業としている鬼多川淳。そこには、それぞれ違う造型が描かれているのかといえば、そうではないと思う。起点として描かれている、最も二人の像とはかけ離れていると見做されやすい銀行員の鬼多川淳のなかにも、どこか、非定住性の資質が漂っていると思われるからだ。
 うらたじゅんの「中之島の図書館で」は、橋本、松井という日本維新の会の主導者たちが、府立中之島図書館(建物は、周知のように重文に指定されている)の廃館に向けて動き出したことに対しての抗議を含めて書かれた作品であるが、巧みに“戦争”の記憶を挟みこんでいくところに、うらたならではの力業がある。
 映画監督・山田勇男の漫画作品「午前三時に蠟燭の火が蒼ざめる」は、詩情溢れる世界を描出している。ところで、山田の十年ぶりとなる新作映画が近々、公開される。大正ギロチン社の若きテロリストたちを描く『シュトルム・ウント・ドランクッ』だ。期待したい。
 斎藤種魚の作品は、つげ義春の「無能の人」を連想させる「無農薬の人」と題した、12コマによる十四篇の連作である。妻に愛想をつかされ、妻が残していった場所で細々と野菜を作っていく男の物語だ。「人と自然にやさしい無農薬とか有機栽培といったって、あれだよ。結局自然の大地をないがしろにしてるんだよね」と無農薬の人に呟かせている。
 他に、菅野修「90度の足を持つ女」、おんちみどり「階段町かるた」、甲野酉「眩ます」、藤宮史「或る押入れ頭男の話・アーケード街」、木下竜一「ラジオ電波」「元同僚」、うらたじゅん「ポンタのこと」も角南誠「海の日」、小林坩堝の散文詩「風船おじさん」、高野慎三、権藤晋のエッセイ二編が収められている。

(『図書新聞』13.9.14号)

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