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2013年10月28日 (月)

先鋭なる抒情―小林坩堝の詩世界                       【小林坩堝詩集『でらしね』解説】

 わたしが、小林坩堝の詩表現に初めて接したのは、五年ほど前のことになる。雑誌『走馬燈』(斎藤種魚、編集・発行)に発表された「ヒカ」という一連の作品だった。

 「ラジオのスィッチをひねると/何か 巨きな気配が辺りに満ち、/国家はスピーカーからノイズまじりに/つぎつぎ増産されるらしかった。」「冷たくなった指をすり合わせ、/暗い革命を思う。」(「ヒカ Ⅰ」)

 わたしがたんに過剰な感応をしただけなのかもしれない。「国家」や「革命」が詩語として現れることに。かつて、政治的、あるいは思想的な概念をはらんだ言葉たちが、詩語として表出する時、作品が無惨な像を有してしてしまうことを、わたしなら知っている。だが、この「ヒカ Ⅰ」という詩篇は、「国家」や「革命」に皮膜のように覆い尽くされたものが剝ぎ取られ、切実な言葉(声)として、わたしには聞こえてきたのだ。

 「炎が呑みこんでゆく、炎が街を呑みこんでゆくのが視えるか。おれやおまえの時代のはなしは、しない約束にしようつまり、焼き尽くせと言っているのだ。」「歌が聞こえるか、/(聞こえない一度だって聞こえたことがあったか?)/泣いているのではない、アスファルトにひかる一粒だ。」(「ヒカ Ⅲ」)

 小林坩堝の詩世界は、わたしたちの過ぎ去った時空をまるで遡及しているかのように表出している。もちろん、小林坩堝にとって未生以前のことにもかかわらず、なぜ、このように遡及できるのだろうかと思う。わたし自身は、どうか。悔恨や自責の思いから逃れられないまま、過ぎ去った時空に拘泥することを忌避してきたといっていい。つまりは、「おれやおまえの時代のはなしは、しない約束にしよう」ということになる。しかも、「焼き尽くせ」とまでは、言い切れないもどかしさを抱きながらである。小林坩堝は、わたし(たち)に、突き付ける。「炎が街を呑みこんでゆくのが視えるか」と、そして、「アスファルトにひかる一粒」はなにか、わかるかと問うてくる。「ヒカ」とは、そういう小林坩堝の「声(言葉)」のメタファーなのだ。おそらく、誤解のないようにいえば、必死になって、わたしたちの時空に繋がろうとしているのだと思う。繋がることによって、はじめて小林坩堝が、現在(いま)いる場所を見通していくための「物語」をつくりあげていくことができるはずだと、感じているに違いない。そうなのだ。この詩人は、「詩」表現から、「物語」表現へと自身の在り処をたたせようとしている。だから、「ヒカ」から、「魔子」への連繋は、そんな意志が伝わってくる小林坩堝の詩世界における象徴的な詩篇たちなのだ。

 「記憶のなかを、渡ってゆく。焼け焦げた旗が、遠くに振られているのが視える。おまえのおれのわれわれの、たったひとりの風景、炸裂するのはガランドウ、諦念ではなく、希望でもない、ただひとりの重さを信じ、信じたふりをして、『そしてその先へ』! よろめきながら、立つ、歩く、いま在るというその事実のためだけに、旗は黒色、燃え落ちて、なお、」(「叙景――黒く塗り潰された『われわれ』の為の」)
 「爆弾にはじまり、爆弾に終わる。そしていま、畳敷きのその下から、赤茶けた匂いを立ち昇らせて、硝煙が上がる。黒衣をまとった老婆のような少女が独り、路地に佇んでいる。終わりからはじめる為めの孤立無援。数多の弔い人に『否!』を。愛した面影に薔薇を。」「いま、硝煙を狼煙として、立つ。駆ける。何処へ? 何処へでも。快晴の空をヒコーキが横切る。黒光りする列車が横切る、やがて空から、ガラス片が降り注ぐ。それは歴史ではない。また記録でもない。」(「魔子――革命的自律式転覆時限装置、或いは血みどろ快楽球体関節人形に就いて」)

 もちろん、わたしたちはメタファーとしての魔子という名を大杉魔子と見做すことによって、なぜ、小林坩堝が大正アナキズムに関心を抱くのかを類推していっても構わない。そもそも思想や歴史と称されるものそれ自体、虚構と現実の狭間にあるものだから、発語の背景や根拠をそこに求めても意味はない。ただ小林の詩語のイメージは自在であることがわかればいいだけなのだ。既知の歴史はこういうことだ。いまから九十年前、両親(大杉栄・伊藤野枝)が虐殺された時、魔子という名の少女は、六歳だった。そこから彼女は、絶えず「死」を内包させながら、「生」を疾走していったことになる。それは、限りなく「終わりからはじめる為めの孤立無援」という有様だったはずだ。それでも、「先へ」と「立ち」、「歩」き、「在る」ことを確認していくことになる。だから、九十年前、黒衣を纏ってしまった六歳の少女に、小林坩堝は、まるで自身を投射するかのように再生の物語を捧げていく。そこが、この詩篇の、皮相な思想性や歴史性とは別様に屹立している所以なのだ。
 ところで、四年ほど前、つまり、小林坩堝が、まだ十九歳だった頃、次のような発言をしている。

 「高橋和巳の思想の持つ時代性という点で五〇、六〇年代の風景は非常に重要だと思いますし、それに和巳の小説は過剰に思えるほど風景描写がきちんと書かれていますよね。(略)高橋和巳とその時代を身近に感じましたね。結局それは『意識のすりかえ』に近いものでしかないと思うんですけど、ただ、その時代に生きていない私がそう感じられるということは、高橋和巳が六〇年代、七〇年代で終わらなかったということではないかと思います。私が追体験という形で得たものは、当時の読者がもっていた同時代性とか共感とはかけ離れているかも知れませんし、その当時の時代感覚というものを持ち得ないわけですけれども、そういうなかでもすごく接近していけるものがあるんだと思うんです。」(山羊タダシとの対談「高橋和巳の現在」―『幻燈 10号』09年11月刊)

 わたしは、「ヒカ」から「魔子」へと至る一連の作品群に接した時、直ぐに、ロープシンの『蒼ざめた馬』や『漆黒の馬』の物語世界を想起したといっていい。もとより、かつてわたしは、高橋和巳を読むことで、ロープシン(サヴィンコフ)を知ったわけだが、小林坩堝が高橋和巳や、あるいは桐山襲の小説作品に影響を受けていたことを知って、世代を超えた感性の共有がありうることの機縁を、わたしは、あらためて考えたことになる。
 「五〇、六〇年代の風景は非常に重要だ」といい、「高橋和巳が六〇年代、七〇年代で終わらなかった」と述べる眼差しによって、わたしたちの過ぎ去った時空と小林の詩世界が交錯していくからこそ、小林坩堝の詩語は、苛烈であり先鋭なのだ。しかし、その発語の根源には、いうにいわれない暗夜のような抒情性が漂っていると、わたしは思う。この抒情性こそが、小林坩堝にとって、詩から物語を紡がせ、現在(いま)を照らし出そうとしていく膂力なのだと、いいたい気がする。

※小林坩堝詩集『でらしね』
思潮社・13.10.20刊 A5判変型 136頁 本体2400円

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