« 石弘之・石紀美子 著                        『鉄条網の歴史―自然・人間・戦争を変貌させた負の大発明』(洋泉社刊・13.3.11) | トップページ | つげ忠男・菅野修・山田勇男・うらたじゅん他著『幻 燈 13』(北冬書房刊・13.6.15) »

2013年7月10日 (水)

「『ダンスホール』に辿りついて」【らん視の散歩】

 佐藤正午という作家がいる。わたしが、その名前を初めて知ったのは、根岸吉太郎監督『永遠の1/2』(87年)と、藤田敏八監督『リボルバー』(88年)の二本の映画作品の原作者名としてであった。『八月の濡れた砂』という作品に接して以来、藤田作品に随伴したわけだが、この『リボルバー』が最後の監督作品となった。根岸作品としては、近年の『雪に願うこと』(05年)を、彼の代表作と見做していいと思うが、『永遠の1/2』も優れた作品であったのは確かだ。わたしは、映画作品から強い印象を受けた時、その原作を読んでみようとは、思わない。つまり原作と映画は、それぞれ別の作品として向き合うべきだと思っている。だから佐藤正午の小説作品を初めて読んだのは、『ジャンプ』(00年)だった。恋人が突然失踪するというモチーフのこの作品は、同じように妻や恋人が突然、消失する村上春樹作品より、はるかに奥行きのある物語を紡いでいると思った。以後、しばらく、作品を読むことなく、時が経ち、数年前に、映画化された二作品以外のほぼすべての小説作品を、魅せられるように一気に読了した(今年、TVドラマ化された『書店員ミチルの身の上話』の原作『身の上話』も読んでいる)。佐藤の最新作『ダンスホール』(11年)は、中編ではあるが、相変わらずの物語の巧みさに感心したものだ。この作品の中で、こんな場面がある。
 「『尾崎豊が歌ってるみたいなせつない感じ?』/『尾崎豊が歌ってるみたいってなんですか』これも戸野本晶が訊ねた。/『「ダンスホール」よ』と店主が曲名を答え、低い声で、呟くように一二小節歌って聞かせた。『♪あたい、ぐれはじめたのは……ほんのささいなことなの』」
 わたしは、尾崎の「卒業」という歌に馴染めず、敬遠気味にしていたのだが、直ぐにインターネット上の映像を探しあてて見た。91年10月のライブでのエンディングなのだが、「ダンスホール」を聴いて感嘆した。男女の視点を交錯させて歌われることで、一篇の劇を観ているかのように感じられたからだ。映像では最後に、「また次のツアーで会いましょう」と観客に向かって言いながら、幕を閉じている。だが、それは叶うことはなかった。

(「らん 62号」13.7.10)

|

« 石弘之・石紀美子 著                        『鉄条網の歴史―自然・人間・戦争を変貌させた負の大発明』(洋泉社刊・13.3.11) | トップページ | つげ忠男・菅野修・山田勇男・うらたじゅん他著『幻 燈 13』(北冬書房刊・13.6.15) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 石弘之・石紀美子 著                        『鉄条網の歴史―自然・人間・戦争を変貌させた負の大発明』(洋泉社刊・13.3.11) | トップページ | つげ忠男・菅野修・山田勇男・うらたじゅん他著『幻 燈 13』(北冬書房刊・13.6.15) »