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2012年9月 7日 (金)

石井輝男・福間健二 著『完本 石井輝男映画魂』        (ワイズ出版刊・12.5.1)

 石井輝男(1924~2005)は、わたし(たち)にとって、『網走番外地』シリーズ(65年から67年にかけての10作品があり、65年の第三作『望郷篇』は、シリーズ最高傑作と誰もが認めるところだ。口笛を吹きながら登場する杉浦直樹がじつにいい)や、その後の、いわゆる異常性愛路線ものといわれる『徳川女刑罰史』(68年)、『徳川いれずみ師 責め地獄』(69年)、そして、『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』(69年)といった作品世界を描出した映画監督ということになる。わたしは、さらに、『緋ぢりめん博徒』(72年)や『ポルノ時代劇 忘八武士道』(73年)も付け加えておきたいし、先行する世代にとっては、新東宝における『黒線地帯』(60年)や『黄線地帯』(60年)といったラインシリーズということになるはずだ。本書の元版(92年1月)が刊行されたのは、ちょうど、二十年前になる。当時、石井輝男のインタビュー集が一冊になって出たこと自体、わたしにとっては、ほとんど、“事件”といってよかった。そして、なによりもこの中で、「つげさんの作品はほとんど読んでいます」、「つげさんの作品をすごく哲学的に解釈するとか、むずかしい批評があるでしょう。でも、つげさんの書いたものを読むと、ご本人はそういう意識じゃなくて、これは私の頭の中にあったモヤモヤを描いただけだと、そう言っているところで、つげさんがスッと近づいてくるんですね。きっとそうだな、嘘じゃないなというような気がするんですね」、「いつか死ぬまでに、つげさんで一本撮ってみたいなって」、「『ゲンセンカン主人』を、つげさん自身を主人公にしてやりたいなあって思ってるんです」と石井輝男がつげ義春に対して熱く語ったことによって、わたし自身、石井輝男と近接していく関係になったことは、いま思い返してみれば、奇跡のような機縁だったといっていい。
 本書の元版が刊行後、石井輝男にとって十四年ぶりの劇場公開作品となる映画『ゲンセンカン主人』(93年)が実現する。本書は、その作品についてのインタビューが第六章として新たに配置され、フィルモグラフィーのコンプリート版が増補されたことによって、完本とする所以である。
 『ゲンセンカン主人』以後、つげ義春の弟・つげ忠男の原作でワイズ出版が制作した『無頼平野』(95年)を、続いて念願の『ねじ式』(98年)を石井プロダクションの制作として撮り、オウムやMによる幼女殺害事件、和歌山カレー事件などをモチーフにした『地獄』(99年)に続いて撮った『盲獣VS一寸法師』(01年、一般公開は04年)が監督作品として八十四本目にあたり、それが最後の作品となってしまった。七十歳近くになってから、九年ほどの間に五本の作品を創り上げた映画的膂力は、まさしく映画魂と称するにふさわしいといえる。
 本書の映画『地獄』の解説文の中で、「心情右翼の石井監督」と記されているが、わたしは、その冠し方は、あまりに安直過ぎて首肯できない。戦時中、航空隊の写真班として召集された石井は、聞き手の「戦争はどうだったんですか」という問い掛けに対して、半年間のことだったようだが、「僕が見てきたかぎりでは、もうひどいもんだったですね」と答えている。どうひどかったのかといえば、こうである。
 「飛行機はどんどん逃げて本土へ帰りましたね。ヤマトダマシイもくそもありゃしないんですね。」「キレイゴト書いているのとはまったく違うところを見ましたからね。軍人に対する不信感はありますね。でも、深刻な感じじゃなかったです。いくら軍国主義教育受けていても、あの現実の中に入ったら、みんな転向してますよ。」「戦争から戻って、東京の焼け野原に立っても、あんまり心配しなかったですね。ええ、力まなかったですね(笑)。しかたがないと、なるようにしかなんないと思ってました。」(「序章」)
 わたしは、こう述べていく石井輝男の心情を、「明るいニヒリズム」と捉えてみたい気がする。同時期の太宰治もそうだったが、現状に対して否定的な思いを持ちながらも、視線は、とりあえず前へと向かう、そのことは、培われてきたリベラルな感性と、イノセントな倫理性のようなものから来ているのだと見做してみたい。例えば、「政治的なことはもう最初から切って、やってる」(「第二章」)とか、「虚構と現実をすぐ直結して見られるのはちょっとかなわないな」(「第四章」)という考え方は、偽善的なもの(特に擬制左翼)、キレイゴト的なものに対する、センシブルな憤怒だといえる。オウムからシンパシーを寄せられた(本人から聞いたことだが、機関紙誌類が頻繁に送られてきたらしい)にもかかわらず、『地獄』で、徹底的に否定しようとしたことは、ある意味、象徴的でもある。際物的とでもいえるモチーフの採り方を“新東宝的手法”と見られがちかもしれないが、〈戦争〉を通過した世代の独特な感性(あえてそれをイノセントな倫理性と見做す)が、現実における際物的世界を虚構化させながら解体したいという美意識の発露へと結実していったのだといいたい。
 そういう意味でいえば、「つげさんがスッと近づいてくるんですね。きっとそうだな、嘘じゃないなというような気がする」と石井輝男が率直に共感を表明して、つげ義春の世界を石井輝男の映画世界として構築していった『ゲンセンカン主人』から『無頼平野』、そして『ねじ式』へと至る階梯は、最も濃密に映画魂が発揮された場所であったことになる。

(『図書新聞』12.9.15号)

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