« 石井輝男・福間健二 著『完本 石井輝男映画魂』        (ワイズ出版刊・12.5.1) | トップページ | 佐藤裕史 著『精神現象の宇宙へ               ――〈こころ〉への知的探索の旅[慶応義塾大学講義]』      (金剛出版刊・12.7.30) »

2012年9月14日 (金)

内村剛介 著、陶山郁朗 編集・構成                『内村剛介著作集 第6巻 日本という異郷』            (恵雅堂出版刊・12.3.30)

 全七巻の著作集もようやく第六巻へと到達した。日本をめぐる情況論(1960~1989年)と日本の思想家、作家に触れた文章群で構成されている。内村剛介にとって、日本という「国」は、相対化した視線を射し入れることによって、しばしばジャパンと見做されるものであった。  
 衝撃的な著書『生き急ぐ』で、ことさら、十一年間にわたる“スターリン獄の日本人”として内村を捉えがちだが、1934年、高等小学校卒業後、十四歳で生地・栃木県那須郡境村を離れ、姉夫婦が居住する満州へと向かい、以後、56年の帰国まで、二十二年間、わが日本国を不在にしていたことになる。ラ―ゲリーでは「国家」と否応なく対峙し、帰国してからは、「くに」、「国」、「クニ」といったことどもの狭間で、複層的に絡み合いながら、異和なる故郷と対峙していかなければならなかったといっていい。
 中野重治についての文章を引用してみる。
 「『くに』を中野に見ると心が和む。『くにへ帰る。帰省する』というときの『くに』は中野の身についている。その中野が『国』を語るのを見ると、こんどは、そぐわないものを感じてしまう。国民とか国家という語にはめこまれている『国』はコムニスト中野がすなおに口にすべきものではないといった考えがわたしにはあるからだろう。(略)コムニスト中野は『クニ』をイメージしていないと『国』も『くに』もさまにならない。」
 ここで、例示される「クニ」は、内村がいうところの「ジャパン」に通底いくものだ。そして「くに」と、「国」を串刺しにするかのような「クニ」という視線は、内村にあっては、「国家」をも異化させていくことになる。
 五木寛之に対して、内村は率直な共感を表明する。五木は、1932年福岡県で生まれ、直ぐに朝鮮半島へと移住し、終戦後、平壌から福岡へと引き揚げるという体験を持っている。平壌で妻と離別し、やがて北朝鮮の新政権によって拘束・逮捕され、収容所を転々とした内村が、五木に共感を寄せるのは必然的なことだといえる。
 「五木少年にとって『日本』はダブルトーキングとしてあらわれる。純粋にイデオロギーとしての『日本』、つまり日本国家がそのひとつ。ステートとしての日本がそれだ。次には半ば実存的、半ばイデオロギー的なものとしての『日本』。これはカントリーとしての『日本』だ。ところがこのカントリーとしての『日本』も彼自身にとってカントリーである朝鮮を前にして色あせる。(略)戦争に日本が敗れて多くの日本人が引き揚げてきた。日本イデオロギーの強さと、それに見合う日本人の実存の弱さを示すものがこの『引き揚げ』である。戦争の一つや二つに負けたくらいでは引き揚げたりしないのが大陸の諸民族である。彼らはステートの敗亡におつきあいはしない。彼らは自己のカントリーにロイヤリティを示す。(略)みずから帰ってきた故郷ではないのだ、日本は。したがって五木は“故郷”のあしらいをことさら冷たいとも思わない。泣きごとを言わないのではない。泣きごとが出てこないのである。みじめな単細胞ジャパンがそこにあえいでいたからだ。だがこのあえぎはやがてなくなる。日本は朝鮮戦争をクッションにして回生する。ほかならぬ朝鮮。五木の実存的故郷。(略)五木は世界に向けて流れ出す。(略)五木はコロンである。コロンであることを自覚せざるをえない。(略)コロンの眼は割かれた者の眼であるが、そしてそれだけに哀愁をたたえた眼であるが、弱くはない。ジャパンにとってそれはむしろ勁い眼であろう。」
 長々と引いてみたが、これは、五木少年に仮託して、わが内村の心情を吐露したものだとわたしには思える。いわゆる引き揚げ者、つまり外地で育ったものを、植民地への入植者の意味を持つコロン (仏・colon)として捉えていく内村の思いは、鋭角的だ。それは、「くに」や「国」を「コロン」によって相対化し、ステートとカントリーの狭間を往還するジャパンの実相を炙り出していくことだといえばいいだろうか。
 「白鳥においては、美ではなくてまず理が問題なのだ。あえて言うなら、美しくない生は生きるに値しないなどということは白鳥の目にはまやかしである」と正宗白鳥を捉える内村は、埴谷雄高に対しては、次のように述べていく。
 「埴谷は幻想発生の一点を押えようとはしない。彼は有限であるべき(略)闇を無限大に拡げ、この闇の中へ足元を見せずに消えて行く。彼を導くものは形而上の美であって、ぼくらのあさましい実存ではない。」
「形而上の美」や「美しくない生は生きるに値しない」というのは、「まやかしである」ということへの論拠は、ぼくらの「実存」が“あさましい”からだともいえる。
 「コロン」や「クニ」がそうであるように、「ぼくらのあさましい実存」こそが、ステートとカントリーを擬装する「国家」や、「ジャパン」とは、けっして同化せずに、それらを無為なものと見做していく手立てなのだという強い思いを、内村剛介は、たえず抱いていたはずである。

(『図書新聞』12.9.22号)

|

« 石井輝男・福間健二 著『完本 石井輝男映画魂』        (ワイズ出版刊・12.5.1) | トップページ | 佐藤裕史 著『精神現象の宇宙へ               ――〈こころ〉への知的探索の旅[慶応義塾大学講義]』      (金剛出版刊・12.7.30) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 石井輝男・福間健二 著『完本 石井輝男映画魂』        (ワイズ出版刊・12.5.1) | トップページ | 佐藤裕史 著『精神現象の宇宙へ               ――〈こころ〉への知的探索の旅[慶応義塾大学講義]』      (金剛出版刊・12.7.30) »