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2011年2月12日 (土)

上智大学グローバル・コンサーン研究所 国際基督教大学社会科学研究所 共編『グローバル化に対抗する運動ともうひとつの世界の可能性』(現代企画室刊・10.11.13)

 米ソ対立を基軸とした冷戦構造体制の終焉後、生起したグローバリズムというものの始まりは、国境を超えていくことによって、あたかも国家を開いて、あらたな社会が到来するかのような幻想を与えていたといっていい。やがて多国籍企業の台頭と拡大が、帝国主義的な植民地支配の変容であったことに気づき始めた頃、アメリカの一国帝国化が既に確立していたのだ。しかし、99年11月30日から数日間にわたって決起されたシアトルでのWTO閣僚会議への苛烈な反対行動(シアトル暴動とも称された)、01年7月のジェノバG8抗議行動(以後、反G8行動は、毎年のように苛烈な運動を持続していくことになる)、9.11テロ直前に刊行されたネグリとハートの共著『帝国』の鮮烈さ、そして01年の9.11テロといった一連のムーブメントや事象を契機に、反グローバリズム運動として大きなうねりをつくっていくことになる。以後、グローバリズムという概念は、アメリカ一国支配、帝国主義、覇権主義、新植民地支配といったことと同義になっていったのだ。
 ここ数年、反グローバリズム運動というものが、ある種の停滞性を余儀なくされてきたように思う。帝国アメリカの資本権力の弱体化や、軍事的戦略の失態(イラクやアフガンを象徴として)が露呈しだすようになってくると、帝国アメリカへの対抗を核とした反グローバリズムというものの内在性が希薄化するようになってきたからである。それは、直接的な抗議行動から、多様な対抗運動へと移行しつつあることを意味している。09年11月29日、上智大学四谷キャンパス中央図書館で開かれたシンポジウムでの講演や討論を加筆修正のうえ収録した本書が指向するのは、「対抗的である運動の性格をより的確に現していた」、「反」に代わって(あるいは置き換えて)、「もうひとつの世界」の可能性を模索し、主張することにある(シコ・ウィッタケル「世界社会フォーラム」)。発言者は、五人。ATTAC創設者のクリストフ・アギトン、世界社会フォーラム(WSF)発起人のシコ・ウィッタケル、ATTACジャパン運営委員の秋本陽子、そして、首都圏青年ユニオン書記長の河添誠、「素人の乱」の松本哉、他に討論参加者として中野晃一、幡谷則子。
 アルテルモンディアリスム(altermondialisme仏語:「もうひとつの世界主義」)と称される運動がある。新自由主義に対抗する新しいグローバリゼーションの運動とでもいうべきもののようだ。シコ・ウィッタケルは、「世界社会フォーラム(以下WSF)は、『「もうひとつの世界」を求める運動(altermondialisme)』として知られる国際的なうねりそのものと混同されてはならない」とし、次のように述べていく。
 「『もうひとつの世界を求める運動』による動員は、支配的なシステムに抗して、社会が行動を起こし、政府を選び直し、戦争による占領や人殺し、拡大する不平等、地球の破壊に終止符を打とうとするものである。WSFは、このうねりのなかで、これらの闘いに資するべく作り出された道具であった。(略)社会を運営していくような運動や組織に取って代わろうとするものではなく、闘いにおいて運動や組織を導いていこうとするものでもない。(略)ただ単に、社会運動が目的を達成する支えとなることだけを目的としている。」
 「市民社会を構成する組織が、目的、大きさ、取り組む対象の社会センター、行為のテーマとテンポにおいて、きわめて多様であるゆえに、市民社会は細分化され、全体としての力が削がれてしまう。この見解は、いまある世界と異なる世界を構築するために、行為の多様性と複数性が必要だという考えと、当然のことながら一致した。したがって市民社会層を、均質化することなく、連携を構築する方法が模索されねばならなかった。(略)まず何よりもネットワークの水平な関係がそうであるように、(略)政治組織や労働組合、政府が伝統的に構築してきたようなピラミッド型のヒエラルキー的な構造を必要とせずに、市民社会の連携を構築するためのオルタナティヴな道筋として認知されている。」
 わたしは、運動が指向していく道筋や目的の是非を問う前に、運動自体に内包するアポリアを超克していくことこそ切実だと思っている。WSF発起人のシコ・ウィッタケルのように、運動の有様に対して「うねりのなかで」、「闘いに資するべく作り出された道具」だとし、「社会運動が目的を達成する支えとなることだけを目的」とすると位置づけていくことに対して、まったく同意する思いだ。ピラミッド型ではない水平な関係のなかで、「行為の多様性と複数性」を汲みいれて、「市民社会層を、均質化することなく、連携を構築する方法」を模索するシコ・ウィッタケルたちの方位は、グローバル化に対抗する新たな運動の可能性を示唆しているといっていい。だから、「もうひとつの世界」の可能性とは、つまるところ運動自体に内包する多種多様な権力関係をいかに超えていくかということにかかっているといっていいのだ。

(『図書新聞』11.2.19号)

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「情況」的場所へ(10)―網の目のシステム―

 〈アジア〉の東、列島及び半島において、ここ数ヶ月の間、不穏な事件と衝撃的な事象が、生起し続けている。尖閣諸島における中国魚船衝突事件によって引き起こされた波動が、収束する気配がないなかで(11月末現在)、米韓軍事演習に対する報復攻撃が「北」によってなされ、多くの犠牲者が出た。尖閣ビデオ映像流出問題で不安定さを露呈した菅・仙谷政権は、「北」の攻撃の第一報に対する初動対応の杜撰さによって、政権内部の皮相さをさらに増幅させて、わたしたちの眼前にさらけ出してしまったといえる。
 わたしは、この間の「東アジア情勢」をしたり顔で、解説するつもりはない。米韓の思惑、「北」や中国胡錦濤政権の戦略を分析することによって、見えてくる地平に対して、わたしは関心がないのだ。折に触れて、大陸中国の覇権主義には批判の言説を提示してきたし、「北」の権力構成の有様や核疑惑に一喜一憂するような、ある種「北」への過剰評価は、ひとつの陥穽へ入ってしまうことになるからだ。もとより、拉致問題は、戦前の朝鮮人強制連行とパラレルに論じなければならないという前提にわたしは立っているということだけは、付言しておきたい。
 むしろ、菅・仙谷政権が非公開とした海上保安庁が撮った衝突時のビデオ映像が、Net上に流出したことによって起きた多様な反応のなかに、どうしても見過ごすことができない言説があったことの方へ、わたしの関心は向かざるをえない。優れた昭和史論を展開してきた保阪正康が、「東京新聞」11月21日付朝刊紙上の「尖閣諸島沖で起きた中国魚船衝突事件は、一人の海上保安官(四三)による『独断』が濃厚になった。流出事件と、政府の対応をどうみるか。三人の識者(引用者註=他に吉岡忍、若狭勝)に聞いた」というリード文で始まる「核心」という欄で、次のように述べていることに、この流出問題の不分明性を象徴していると、わたしなら考える。
 「『下克上』『大善小善』という言葉を思い出した。昭和初期、軍将校が命令を聞かず満州事変(一九三一年)などを起こした。犬養毅首相を暗殺した五・一五事件(三二年)は、恐慌の最中に汚職ばかりの政治に怒った青年将校たちが正義感から起こした。だが、裁判では軽い刑になった。『下克上』に目をつぶったせいで、彼らは何をやってもいいんだと錯覚した。(略)海上保安庁は、武器を持つ準軍事組織。普通の官僚と違う規律や統制が必要だが、流出させた保安官はそれを自覚していたのか。『国民に知ってほしい』との動機は『大善小善』と同じ。『情報テロ』まがいの犯罪だ。義憤があるならまず上官に言うべきだった。/昭和はわずか七、八年の間に軍人が肩で風切る時代に変わった。今もエキセントリックな世論はある。小石のような事件だが、処理を誤れば拡大する。シビリアンコントロールを明確にすべきだ。」
 五・一五事件に決起した青年将校たちは海軍出身者が中心であったから、今度の流出事件に絡めて保阪は、想起したに違いない。しかし、安易に昭和期の基層を現在へと類推させる思考は、事の本源を見通せなくなる危険性を孕んでいるとわたしには思われる。現在、精力的な執筆活動と積極的な発言をしている元外交官の佐藤優もまた、小沢問題などで揺れる特捜部を青年将校化していると見做している。誤った正義、錯誤した義憤といったことを根拠に、昭和期の軍事クーデター事件、テロ事件を保阪や佐藤は、例示したいのだと思うが、それは、明らかな次元の違う見方だといいたい。もうひとつ、卑近な発言を引いておく。反小沢派で知られる安住淳防衛副大臣は、11月11日付「報知新聞」の取材記事で、「義憤に駆られてやったと擁護する人もいるが、それでは組織が持たない。国家としてあってはならないこと。海保は『海猿』で人気が出てきたのに残念」だとしながら、「事件そのものは(流出させた)個人の問題だよね。理由のいかんにかかわらず、海保で働く資格のない男だね」と、能天気に語っている。ここで、『海猿』と述べているのは、いまは休刊してしまった「週刊ヤングサンデー」誌上で連載されて人気を博し、その後、映画化やテレビドラマ化された漫画作品『海猿』(佐藤秀峰、原案は、漱石研究者とは別人の小森陽一。連載期間は99年から01年まで)を指すものと思われる。わたしは、医療問題をテーマにした佐藤の意欲的な作品『ブラックジャックによろしく』、『新ブラックジャックによろしく』を全編(出版社側との軋轢によって、連載誌が変更したために新となっているが、一連の物語である)に渡って通読していたから(残念ながら最終巻は、それまでの作品の水位とは、明らかに異質なものとなっていった)、後に遡って『海猿』を見たのだが、その時の印象は、作品全体に漂う過剰な生命倫理観に対する疑念だった。確かに、海難救助を主たる任務として主人公像を描き、その成長していく過程を物語化していけば、そうなるに違いない。だが、保阪が指摘するように、「海上保安庁は、武器を持つ準軍事組織」なのだから、自衛隊とは幾らか違った意味で「暴力装置」的実相を持っているのだ。「海保」が幾ら人命救助という美名を弄したとしても、そこには、紛れもなく軍隊的規律と軍隊的実質が拭いがたく潜在していることになる。保阪は、「流出させた保安官はそれを自覚していたのか」、「義憤があるならまず上官に言うべきだった」といい、安住にいたっては、「個人の問題だよね。理由のいかんにかかわらず、海保で働く資格のない男だ」と皮相に断じているわけだが、いずれにしても個人の考えで流出事件が起きたことに還元してしまっていることへ、わたしは疑義を呈したいのだ。
 わたしの考えはこうだ。『海猿』に共感して海保に入った年代(実際に、そうした保安官がいるのかは分からないが)ではない、四十代の保安官が、「普通の官僚と違う規律や統制」に無頓着だったとは、思えないし、個人的な義憤からだったとも、どうしても思えない。仙谷裁定や、この間の民主党政権に不満を持った海保と検察による謀議とした方が、分かりやすいし、メディアをも巻き込んだ政権への官報クーデターといった方が不分明性は解消できるはずだ。映像流出者に対して、仙谷の断じて法的処分にすべきだという発言を不問にするかのように、逮捕しなかったのは、政権自体の権力基盤が揺らいでいることの証左でしかない。党内部の主導権争いに腐心し、宿敵・小沢を検察権力に差し出して、菅や仙谷は安泰のつもりでいたとしても、網の目のような権力は、菅や仙谷が考える以上に膨張化しているのだ。フーコーに倣って、社会全体のあらゆる場所で、権力が網の目のように絡み合っているとするならば、小沢、鳩山の政治資金問題から、普天間問題や、尖閣問題にいたるまで、司法権力、メディア権力といった官報複合システムが鵺のように蠢いているというべきなのだ。
 「『権力』の過剰。必要以上の力がいたるところで行使されているということ。この問題は、統治体制がいかなるものであれ、つまり資本主義的社会や社会主義的――自称社会主義的な社会においても、国家機構という点からにしろ官僚体制という点からにしろ、あるいは個人対個人という関係においても、十九世紀において貧困が演じたのにおとらぬ、おそらくはそれ以上に重要な役割を演じているのです。(略)今日ではこの『権力』の過剰という現象が、耐えがたい現実としてわれわれに迫ってくるのです。(略)こうした個体的、局部的な相互の抗争関係として『権力』をとらえることによって、人はどこにどのようなかたちでの抵抗が可能となるのかをその瞬間その瞬間に具体的に知ることができるのです。」(フーコー「権力と知」)
 軍的機関に対する文民統制といった位相の問題が、切実なのではない。遍在した権力の在り処を、いまこそわたしたちは明確に掴むべきなのだ。

(『月刊架空』10年12月号)

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