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2011年12月10日 (土)

山本義隆著『福島原発事故をめぐって』を読む

 3.11の東日本大震災によって惹き起こされた福島第一原子力発電所の事故は、わたしたちに大きな衝撃を与えたと同時に、自らの立ち位置の曖昧さを露呈させる契機となったといっていい。安全神話などという幻想がもろくも崩れ、福島の住民の人たちや土地に対して直接的な放射能汚染をさせた国家・政府、原子力学界や関連企業並びに電力会社の大罪は、徹底的に弾劾されるべきである。菅たちをはじめとした民主党の政権中枢は、原発輸出を決めておきながら、積極的に推進してきたのは、自民党政権だったと主張して、福島原発事故に対する責任を回避したいのだろうが、そうではない。菅の付け焼刃的な浜岡原発停止や脱原発依存宣言が無意味化していることの現状を考えれば、民主党政権も同罪だといえるし、権力システムの移行に過ぎない政権交代であるかぎり、民主党政権にも責任は継承されていることを自覚すべきなのだ。
 わたしは、正直にいって原発そのものの存廃に、これまで喫緊の課題として想起していなかったという反省がある。八十年代に起きた反核運動が、あいも変わらない欺瞞的な平和運動の流れのひとつとして見做していたし、どこか胡散臭さしか感じられず、反核とともに、反原発を謳われても、納得することができなかったという思いがあったからだ。いまも、福島原発事故という「事実」のもとに、誰もが反原発・脱原発を主張していく時、ふと、八十年代に起きたかつての反核運動とオーバーラップしていく懸念を思わないではない。問題は、まず一人ひとりがどう思い、どう対峙していくかであって、運動の拡張を強引に、しかも拙速に指向していくことではない。もちろん、反原発・脱原発運動の拡がりを否定するものではないが、かつての反核運動では、両極端に分かれていた柄谷行人と大江健三郎が、期せずしてデモによって社会を変えていくんだという楽観的なアジテーションをしているのを見ると、腹立たしいものがある。かれらの煽動にのらずに、立ち位置をしっかり見据えたものでなければ、やがて運動自体の自壊が訪れるだろう。また、わたしがこれまで大きな影響を受け続けてきた吉本隆明が、高度な科学技術によって原発の安全性は保持できるといまだに楽観視していることも暗澹たる思いにさせる。吉本は、あいも変わらず、核廃棄物処理に対して負の視線を射し入れていないし、おそらく、原子力エネルギー開発を人類の知の達成だと、どこかで信じているとしか思えない。
 在野の物理学者でもある山本義隆の『福島の原発事故をめぐって』は、「いくつか学び考えたこと」と副題にあるように、冷静にしかも丹念に原発導入の時間性を辿りながら、その負の位相を徹底的に解析している。そこには、どんな楽観的な視線も入り込む余地のない精緻な論及でありながらも、悲愴な感性を漂わせているわけではない。むしろ、淡々と現在という場所を照射して、「脱原発社会、脱原爆社会を宣言し、そのモデルを世界に示すべきであろう」(94P)と述べていく。

 「一九五八年に原子力発電にむけてアクセルを踏んだのは、時の総理大臣で戦前に東条内閣のもとで商工相として戦時統制経済を指導した岸信介であり、彼は回顧録で語っている。

 昭和三十三年[一九五八年]正月六日、私は茨城県東海村の原子力研究所を視察した。日本の原子力研究はまだ緒についたばかりであったが、私は原子力の将来に非常な関心と期待を寄せていた。/原子力技術はそれ自体平和利用も兵器としての使用も共に可能である。どちらに用いるかは政策であり国家意志の問題である。(略)平和利用にせよその技術が進歩するにつれて、兵器としての可能性は自動的に高まってくる。日本は核兵器を持たないが、[核兵器保有の]潜在的可能性を高めることによって、軍縮や核実験禁止問題などについて、国際の場における発言力を高めることが出来る。

 つまりこの時点で原子力発電(原子炉建設)の真の狙いは、エネルギー需要に対処するというよりは、むしろ日本が核技術を有すること自体、すなわちその気になれば核兵器を作りだしうるという意味で核兵器の潜在的保有国に日本をすることに置かれていた。」(8~9P)

 「平和利用にせよその技術が進歩するにつれて、兵器としての可能性は自動的に高まってくる」とは、まさしく、根源的な核廃棄物処理を目指さず(不可能であることが、はじめから分かっていたというべきかもしれない)に、やがて核燃料再処理などというデマゴギーを喧伝しながら、プルトニウムを保持することによって、いつでも核開発できることを担保にした政策を推進していったことになる。つまりこれは、唯一の被爆国であり、非軍事条項を持つ憲法がありながら、それを国際政治の場で強力に発信することをはじめから放棄していたことを示している。だから、アメリカの核実験で被曝した第五福竜丸の事件の最中、原子力の平和利用などという方便を見せかけにして原発建設に向かったわが国の政権の愚かしさが、フクシマを生起させてしまったことに繋がっていったことを、時間性を含めた視線で明確に批判、否定していくことから、まず、始めていくべきなのだ。

 「(略)原発は危険で厄介な『放射性廃棄物』を生みだし続け、それらは人間の生活圏から離れたところに厳重に貯蔵保管されなければならない。その意味で『廃棄物』という表現は不適切であるが、(略)貯蔵といっても人間の時間感覚からすれば事実上永久的ということになる。」(34P)「原子炉はきわめて大規模な構造物で、数多くのさまざまなサイズの溶接された配管や弁が付属し、それらの大部分が遠隔的に操作される複雑な構造を有している。(略)元技術者菊地洋一は、原発を『配管のおばけ』と表現し『原発内部はあまりにも多くの重い配管が複雑に配置され、しかも非常に不安定な支持機構しか持っていない』だけではなく、『本来想定して計算に組み込むべき要素、地震波と鉄骨の共振などが考慮されていないうえに、ミスがいくらでも入り込む余地がある』と記している。」(45P)

 考えてみれば、福島原発事故後、次々と明るみに出てきたトラブルは、そもそも原発の安全神話とは机上の空論に過ぎなかったことがわかったことになる。また、わたしたちの多くは使用済燃料棒が、原子炉建屋内に冷却され続けながら置かれたていたことは、知らなかったと思う。この危険な廃棄物と運転中の原子炉との共存という奇妙な、そして信じられないような構造を持っていたことに唖然とさせられたといえる。どこが、科学技術の高度な達成といえるのだろうか、まったくもって、詐欺的行為が延々、原子力行政によってなされてきたことになる。

 「近代社会、もっと限定すれば西欧近代社会の最大の発明品のひとつは科学技術だと思う。科学と技術ではない。客観的法則として表される科学理論の生産実践への意識的適用としての技術である。それを発明したがゆえに、西欧近代に生まれた文化が、現在では世界を席巻するに至っている。実際、今日では科学技術は個人の日常生活から国家間の国際政治にいたるまで、巨大な力を有している。」(59P)「原子力はまた、国家に大国としての力を与えるという幻想を生みだしたことで、国際政治においても人間のコントロールを受け入れない“怪物”を生みだしたと言えよう。」(90P)「私たちは古来、人類が有していた自然にたいする畏れの感覚をもう一度とりもどすべきであろう。自然にはまず起こることのない核分裂の連鎖反応を人為的に出現させ、自然界にはほとんど存在しなかったプルトニウムのような猛毒物質を人間の手で作り出すようなことは、本来、人間のキャパシティーを超えることであり許されるべきではないことを、思い知るべきであろう。」(91P)

 なぜ、わたしたちは、「力」を求めるのだろうか。しかも、その「力」は、「コントロールを受け入れない」ものであり、「人間のキャパシティーを超え」たものであるにもかかわらず、虚妄な「怪物(核)」を手に入れようとする。その愚かしさから早く覚醒し、怪物の力を解体していかなければならない。そして「科学技術は個人の日常生活から国家間の国際政治にいたるまで、巨大な力を有している」という現実を見据えながら、便利になった生活の位相を改めるとか、後戻りするといったことではなく、すくなくとも、現在の場所を、透徹した視線を射し込ませて、もう一度、再構築していくべく、未知の通路を開いていくべきなのである。
                                            

みすず書房刊・11.8.25・B6判・108P・定価[本体1000円+税]
【――「ONLINEアナキズム」11.11.30】

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