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2011年5月13日 (金)

『“城ちゃん”在りき―城之内元晴回想文集』              (七月堂刊・11.1.20)

 六十年代中頃から七十年代前半期、全国的な叛乱と抵抗のムーブメントに呼応するかのように映画や美術といった表現領域において、様々な実験的試みがなされていった。わたしたちは、それらを商業的ではないアンダーグラウンドなる表現として、略してアングラ映画、アングラ芸術などと称していた。わたしが、東映やくざ映画群とともに熱心に見ていたのは新宿蠍座という小さな映画館で上映されていた若松プロ製作のピンク映画といわれた一群の作品である。若松プロには若松孝二、大和屋竺、足立正生、沖島勲といった気鋭の映画作家たちが結集していて、幾つもの傑作を生み出していた。当時は、当然のことながら大学映研、つまり大学の映画研究会といったサークルも、たんなる映画愛好者が集まるといった集団ではなく、ひとつの運動体として位置づけて活動していた。その象徴的なこととして、鈴木清順が日活を解雇されたことに対して異議申し立てをする鈴木清順共闘会議なるものが、68年に幾つかの大学映研を中心に結成されたことだ。だから、若松プロのなかの足立、沖島が、日大映研の出身であり、特に、足立に関していえば、在学中に撮った『鎖陰』というフィルムは伝説の作品として知られていたわけだが、わたしたちは、必然的なプロセスとして、そのことを了解していたといえる。
 城之内元晴(1935~86年)という映像作家、平野克己の言に倣うならば映像詩人がいた。わたしは、残念ながら城之内の作品は未見である。だが、日大闘争をめぐる一連のフィルム(『ゲバルトピア予告編』、『日大白山通り』、『日大大衆団交』)や、68年10.21闘争をモチーフにした『新宿ステーション』など、その作品の存在性を認知していたのだが、作家名を記憶に留めることもなく時間が過ぎてきたのだが、本書に接して、その邂逅に驚いたといっていい。そして、映像詩人としての“はじまり”が、日大映研であり、VAN映画科学研究所であったことを知り、その先導性にあらためて驚嘆した。
 本書の中で、城之内の一学年年長の平野は、日大映研について、次のように述べている。
 「今にして思えば、『日大映研』とは、若者たちの情熱が、あたかも運命共同体のように結集して、何事かを成しとげたグループだったと回想することができるが、(略)僕達は、この『日大映研』を、既成の映画界のもつ価値観と一線を画した、新しい映画とは何かを探り、その主張を実行する(自主映画を創る)運動体として自立させるのが急務だった。」(「追想“城ちゃん”~二十八年間の交友の中から~」)
 本書にも愛惜溢れる文章を執筆している足立(城之内より、二歳年少である)は、『アンダーグラウンド・フィルム・アーカイブス』という論集のなかで、共同生活を通して「“場”としての運動形態を維持することを重要視したものだった」とVAN映画科学研究所について述べている。このように平野や足立から発せられる「運動」という言葉は、叛乱と変革を希求する極めて時代情況的な色合いを有しているとはいえ、既成(体制)の価値観への対抗ということで考えてみれば、現在的な意味においても、依然、表現行為のなかに潜在する難題性であり続けているといってもいいはずだ。だからこそ、城之内は苦闘し続けながらも、映像詩人であることを最後まで貫徹したといえる。あたかも、東アジア反日武装戦線による苛烈な闘争に共鳴しているかのように、77年、四十二歳の時、映画『アイヌモシリへの道』(制作・布川徹郎、演出・城之内、撮影・長田勇一、進行・磯村一路)を作ることを宣し、いまはなき『日本読書新聞』で、「薄明の無限に棲息する時間帯へ アイヌモシリへの道」と題した激烈な文章を記している。
 「映画は、国家が振り撒く幻想のユートピアに隷属している奴隷状態から自立せねばならぬ。ここに我々の映画の原初の、第一の、再生宣言が在る。幻想のユートピアとは、日本民族と日本国家と天皇制である。(略)我々の映画の主要な敵は、国家が産み出す擬制のユートピアである。/国家は、常に、幻想を生産する世界を重宝してきた。見給え! 其処では『神』も『仏』も哀れになるほどだし、天才達の錯乱、冒険家の不屈なる行動、貧民群の反乱さえも見事に掬い取られている。(略)我々の映画は出発の原点に国家との訣別、を置く。」
 作品は、「数千フィートの記録を殘していた」(平野)が、未完のままである。
 いま、その国家は、原発という自らが産み出した幻想のユートピアを自然の強大な力によって簒奪され自壊しようとしている。アイヌという原初の存在性によって国家を解体しようとした映像詩人・城之内元晴は、現在の光景を見て、どのような言葉を発するだろうか。たぶん、『新宿ステーション』で放たれた言葉たちが、反復されてそれはなされるはずだ。
 「ああ 地下には あてどもなく十月はやってくる/背広が ヒオドシの硝煙をつづり/背は 挑発性狂暴性憂鬱症でケンラン/あてどもなくコレダ!!/ゲバルトピアは予告する/我々は地下へ降りるのだ/廃墟は廃墟と続き/旗は 黒く亀頭を見せて沸つ/地下は幽界の光りなき光りが/歩み初める/そうだ諸君 十月だ」
 さて、これから半年後の二〇一一年十月に、わたしたちは、どんな〈場所〉に立っているだろうか。

(『図書新聞』11.5.21号)

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