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2011年4月 8日 (金)

イブン・イスハーク著 座喜純・岡島稔 訳・解説        『預言者の生涯 第二巻―イスラーム文明を創造した男の物語』(ブイツーソリュージョン刊・11.2.25)

 9.11同時多発テロから、十年が経過した。当時、イスラーム原理主義の組織、アルカーイダが引き起こしたとされ、わたしたちは、イスラーム教、イスラーム世界をめぐって、すぐさま関心を向けざるをえなかったといっていい。すでに、イスラエル・パレスチナ紛争というものが、何十年にもわたって、対峙情況が続いていたことを考えてみれば、アラブ・イスラーム世界は、政治的問題が宗教的位相と複雑に錯綜した断面というものを見せていることに、思い巡らすことは必然的なことであった。イスラーム教は、キリスト教、仏教と並んで世界宗教のひとつと見做されているわけだが、わたしたちは、そこに擬似的な文明性を偏在させ、イスラーム圏を後進域へ斥けてしまう視線を対置してしまっているといわざるをえない。例えば、9.11テロを予見したといわれたハンティントンの『文明の衝突』(96年刊)では、西欧文明対イスラーム文明、あるいは中華文明との対立・衝突を示唆していくものであったが、そもそも文明という概念自体、現在では破綻してしまっているにもかかわらず、そのような視線は、相変わらず欧米世界の優位性を潜在させたものでしかないのは、明らかである。わたしの少なからず知りえたイスラームとは、自爆テロを果敢に決起するといった苛烈な心情を胚胎していることに、その核心があるのではなく、ウンマという理想の共同体を描出していることにある。つまり、「『ムハンマドのウンマ』こそ神の下した真理を正しく地上に具現するものであり、正義の行われる理想社会の実現を目指し、神のよしとする祝福された聖なる共同体として、その全人類的使命が強調される」(平凡社刊『新イスラム事典』)というものだ。唯一神・アッラーフに絶対的服従を信とするイスラームならではの、ひとつの方位ともいえるし、イスラームが世界宗教とはいえ、場所性が西アジアから北アフリカへと連結していることに、そのことの証左を示しているといっていいかもしれない。
 本書は、アッラーフの啓示を受けて、神の使徒・預言者としてイスラームを説いたムハンマド(わが国では、マホメット、モハメッドなどと呼ばれてきたように、アッラーフも、アラーといった方が馴染み深い)の、八世紀に著された最古の伝記であり、アラビア語原典からの完全邦訳版である。ただし、わたしたちが、通例考える伝記とは、明らかに異貌な表出を湛えていて、いうなれば、伝承譚の集成といった色彩を放っている。訳者による第一巻での解説によれば、「それまでのアラブ史は」、「口承伝承を残すことによって形成されてきた」のだが、「イスラームの出現」によって「口承ではなく、文字として記録することが不可欠とな」り、「歴史の蓄積、継承、伝達において、アラブ民族の知的能力を飛躍的に向上させ」、「口承伝承から記述伝承へと、パラダイムの転換が起き」たという。わが国に視線を戻してみるならば、天皇伝ともいえる〝記紀〟が編纂されたのが、奈良時代であり、本書の原典が著された時期に照応していくことになるのだが、たんなる偶然なのだろうか。そのことを比較対照するのは、とりあえず留保するとして、本書へと分け入っていくならば、第二巻では、預言者となったムハンマドが、マッカ(メッカ)に住むクライシュ族との軋轢から、マディーナ(メディナ)へと移住し、先祖伝来の偶像崇拝を信ずるクライシュ族との三度の戦いを経てマッカを制圧し、イスラームの聖地とするわけだが、その最初の戦いである“バドルの戦い”までを描いている。そして、イスラームを異端視されるプロセスで、徐々にムハンマドの預言者としての膂力が輝いていく様が、伝承の断片を重層化させていくことによって、効果的に描出していく。象徴的なのは、ユダヤ教との確執の変遷だ。ムハンマドが、マディーナで、「ムハンジルーン(引用者註=ムハンマドとともにメッカからメディナに移り住んだ信徒たち)とアンサール(同=ムハンマドの教えに共感したメディナの住民たち)の関係を定め、その中でユダヤ教徒と友好的な協定を結」んだ文書には、「ユダヤ教徒は、信徒と共に戦うとき、戦費を分担しなければならない。アウフ族のユダヤ教徒(彼らの奴隷を含む)は、信徒と一つの共同体である。ユダヤ教徒にもムスリムにもそれぞれの信仰があり、それぞれの奴隷と個人の裁量があり、安全が保障される。しかし不正と罪を犯す者については、彼ら自身と彼らの家族を害することになる」とある。しかし、やがて、「神が御自分の使途を、ユダヤの子孫からではなく、アラブの子孫からお選びになったので、その事実に対する嫉妬、憎しみ、敵意から、ユダヤ教のラビたち(同=イスラーム教のウラマーと同じ宗教指導者・知識層)が使徒ムハンマドに敵対し始めた」ため、伝承者の言葉として、ユダヤ教徒たちは、「背信的で嘘を言う邪悪な民である」と述べられていく。「一つの共同体」であった友好的な関係から、敵対する関係になっていくプロセスが、既に八世紀に著したイスラームのテクストに記述されていることを知って、あらためて、イスラエル対アラブ・イスラーム間に横断する深い基層の亀裂に思いを馳せざるをえない。

(『図書新聞』11.4.16号)

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