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2011年11月12日 (土)

梶木 剛 著『文学的視線の構図――梶木剛遺稿集』           (深夜叢書社刊・11.5.13)

 梶木剛(1937.5~2010.5)は、吉本隆明が編集・発行していた雑誌『試行』(1961年創刊、97年74号にて終刊。10号までは、谷川雁・村上一郎・吉本の同人会による発行、11号以降は、吉本の単独編集で発行)に最初期から執筆し、批評活動の出発の場所としたことで知られている。さらにいえば、文芸評論家としての確たる立ち位置を『試行』という場所を通して形成していったことになる。「初期万葉における抒情詩の成立」(4号、6~8号)は、第一評論集『古代詩の論理』(68年刊)の中心論稿として収められ、やがて「夏目漱石論」(32~45号)、「折口信夫の世界」(46~58号)、「柳田國男の思想」(61~67号)といった連載群は、それぞれ『夏目漱石論』(76年刊)、『折口信夫の世界』(82年刊)、『柳田國男の思想』(89年刊)といった大著へと結実していった。中学時代に短歌に親しんでいたという経緯もあり、後年は、多くの短歌論を著している。一周忌を機に刊行された本書は、80年から2008年までに発表された単行本未収録論稿によって構成されている。茂吉、子規、漱石、柳田、そして吉本に関した論稿を中心とした、いわば、梶木のこれまでの“文学的視線”を包括したものとなっている。
 月村敏行は、梶木における批評の基層を評して、「全集博読、文献渉猟の徹底性」(「哀辞―梶木剛の王道」―本書収録)ということを述べている。例えば、本書に収めている「子規雑事手控」という論稿にも、そのことが顕著に表れている。子規をめぐる「年譜的、書誌的、伝記的な問題」、つまり、「子規が関わったのは、何という学校なのか」ということをはじめとした三つの問題点を推測していくという手捌きは、まさしく「全集博読、文献渉猟の徹底性」のなかでなされていくのだ。子規に関心あるものにとって、そこまで徹底して、関わった学校を明示していくことにどんな意味があるのだろうかと思うに違いない。しかし、梶木にあっては、自分自身の内部の問題として、それは、鮮明化させねばならないのだ。つまり、「四半世紀たって、東京帝国大学が跳梁し、〈大学予備門〉という誤記の復活していることが許せない。そういうことだ」という信念ということになる。いわば、こうした膂力をともなった信念ということが、梶木の徹底した批評性を支えているといっていいはずだ。それは、本書の中でも白眉といえる力稿「柳田学と折口学」に集約されているとわたしには思われる。
 柳田國男と折口信夫の関係は、微妙な空隙を孕んでいると捉えるのが、ひとつの定説になっている。方法の違い、視線の向け方の違いといったように、民俗学的なカテゴリーにおける屹立した二人の差異は、例えば、神観念に象徴的に表れるとされる。「家々の祖霊ではなく、村の祖霊、ひとかたまりの村の祖霊というものが」「古い形」であるという「まれびとの考え方」が折口だとすれば、「家々に個別の祖霊というものがある」という氏神観念を主張していくのが柳田の考え方だとされきた。だが、梶木は、このような差異を二人の「終着点」と捉えるのではなく、「出発点」と見做して、徹底性を持った視線を二人の仕事の交錯した場所へと注ぎ込んでいく。つまり、このように。
 「氏神以前の研究として折口さんの神の考え方はあり、それに対して柳田さんの神の考え方は氏神以後のものとしてあったのです。柳田國男も南島論に突っ込んで氏神以前を問題にしなければならなかったとき、無限に折口信夫に接近しなければなりませんでした。(略)こう言うことができましょう。氏神以後と氏神以前の体系を分担したものとして、柳田学と折口学とはあるのだ、というように。(略)この師弟は異なる資質を持ちながらもその思想的紐帯ゆえに、結果として手を携えて空前の氏神以後と氏神以前との歴史像、精神像とを分担開示した。こういうことになるのです。従って、柳田学と折口学とを一口に言うなら、ヨーロッパ的な普遍主義に敵対する思想の学的創始と展開、というように位置づけられます。そしてそれがそのまま、両者、柳田國男と折口信夫の近代思想史に占める位置なのです。」
 さらに梶木は、ここで「ヨーロッパ的な普遍主義に敵対する思想」ということは、「内からの視線、内側の視線をどう作り上げるかという思想の問題と同じ」ことであると付言している。これは、ほとんど、梶木自身の思想的モチーフに他ならず、これまでの多くの作家論・思想家論においても、そのような視線を徹底して通してきたことを意味する。吉本隆明の『柳田國男論』に触れた文章で、梶木は、次のように述べている。
 「柳田國男は立ち上がって、外部の思考としてのヨーロッパ的な普遍主義との間に〈亀裂〉を露出させ、〈空隙〉を喚起させるために奮闘する。そこで行使されたのが内側の視線の方法と文体なのだとすれば、それは戦闘のための方法と文体なのであった。」(「内側の視線の構図―吉本隆明『柳田國男論』読後」)
 自らを鼓舞するかのように、「奮闘」、「戦闘」という言葉が表出される。それは、「徹底性」とともに、梶木の文学的視線の主調音であったのだ。

(『図書新聞』11.11.12号) 

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