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2011年3月26日 (土)

横田榮一 著『ハーバーマス理論の変換―批判理論のパラダイム的基礎』(梓出版社刊・10.7.10)

 ハーバーマス(1929~)は、わたしにと って、近いようで遠い存在であった。わが国では七〇年代から八〇年代にかけて、ドイツ・フランクフルト学派再考といった動きがあったわけだが、どうしても、西田学派や丸山学派といった学的権威のようなものを連想し、わたしは忌避してきたのである。その間、マルクス主義の呪縛を解き放つ潮流として、レヴィ=ストロースやフーコー、バルト、ボードリヤールといったフランス構造主義、ポスト構造主義の方へとわたしの関心は向いていったことになる。いくらか迂遠した視線でハーバーマスをめぐって述べていくならば、八〇年代前半、反核運動が生起した時、単独で運動への批判を徹底的に展開した吉本隆明と、論議応酬した何人かの論者のなかに、山本啓がいたのだが、彼は当時(現在もそうなのかも知れないが)、ハーバーマス研究者として知られていたことを、いまでも印象深く覚えている。また、一昨年、民主党を中心とした連立政権が成立し、いまとなっては、形骸化しつつあるマニフェストの中の中心理念として、「新しい公共」を推進するというものがあった。わたしは、すぐに、ハーバーマスの公共性論を想起したものだったが、立案者の意図は、もちろん知るよしもない。ハーバーマスの新著『ああ、ヨーロッパ』でも、そのモチーフが貫かれているようだ。さて、本書は、ハーバーマスの仕事の中でも、『公共性の構造展開』(本書の中でも後半部で触れている)と並んで、最重要著作でもある『コミュニケーション的行為の理論』をめぐって、「システム」と「生活世界」といったハーバーマス独特の二層概念をあらためて検証しつつ、その思考の枠組みを含む理論性の書き換え、つまり変換を目指した意欲的な論考集である。「新自由主義がフォーディズム時代のシステムに支配していた神話的力を打ち破ったと言っても、神話的力が消滅したのではない。それはむしろ変容したのである。今度は、その反復の力はその反復の一歩ごとに、ますます強力に、世界に分断と分裂を、格差を、そしてまた自らの崩壊の諸条件を生み出した。かくて今日新自由主義及び新自由主義グローバリゼーションがもたらした世界は破局に直面している」と「あとがき」で著者が述べているように、この先の未知を見通すこと、つまり、グローバル化した資本主義が加速度的に変容していくことに対して、いかなるパラダイムを対置すべきなのかということを本書は論及しているといっていい。そして入り口は、ハーバーマスが提示した「生活世界」と「システム」という二層概念となる。
 「私は人間達の一切の生活行為を通して再生産される世界を生活世界と呼ぶのであるから、経済及び政治システム自体がひとつの生活世界をなす。このように理解するとき、『生活世界』概念と『システム』概念は、もはやハーバーマスのように対置されはしない。私は諸言語ゲーム・生活実践が相互に織り合わされて構造化された生活世界をシステムと呼ぶのである。(略)とすれば、もはや生活世界に作用を及ぼし、それに病理的な歪みを加える『外』をハーバーマスの意味でシステムとすることができない。」(「第一章 システムと生活世界」)
 わたしなりの知見でいうならば、「生活世界」を内部的位相に、「システム」を外部的位相に擬定することができるはずだ。そして二層に分化する発想の淵源を、マルクスの上部構造・下部構造に求められるといってもいい気がする。しかし、そもそも、こうした分化させて考究する方途というものは、多様多層に複雑化した現在にあっては、ひどく、アナクロニズムな思考といわざるをえない(もちろん、上部構造・下部構造概念もそうだ)。著者は、それでも、ハーバーマスの画期的な思考に、丹念に近接し、あるいは離反しつつ、マルクス、フッサール、ウィトゲンシュタイン、ウェーバー、ルカーチ、アーレントらを渉猟しながら、複雑化した現在というものを浮かび上がらせようとしていく。そして、主題は、帝国アメリカの帝国たる矛盾の根源の剔出へと向かう。
 「新自由主義的グローバリゼーションが世界にもたらす矛盾と軋轢、それ故の世界の不安定性が今やアメリカ帝国とアメリカグローバル帝国にとっての真の敵となるのである。(略)世界の不安定性の源泉は、新自由主義の世界化と制度化にある。これが世界を不安定にしている根本原因であるが、(略)アメリカ帝国中枢部の世界像の中では遮断されてしまっており、その世界像の中では不安定性が所与として入り込んでくるだけである。(略)帝国は世界工作人として振る舞う。帝国は世界を帝国にとって好ましいものに作り上げようとする。ところが、この行動は必然的に矛盾、軋轢、貧困化、水平的暴力などを生み出す。新自由主義は暴力の水位を高めるのである。帝国にとって、この事態はそれとしてではなく、世界の不安定性、不確実性として現象する。」(「第八章 戦後資本主義の変容」)
 ここでは、帝国アメリカが世界を工作しようとすることによって生起する矛盾、軋轢、貧困化、水平的暴力を的確に指弾している。著者のこの解析にわたしなりの付言をしてみるならば、「アメリカ帝国中枢部の」「世界像の中」に「不安定性が所与として入り込」むことによって、世界工作人としての帝国性は、やがて自壊の素因を増殖していくことになるはずだといっていいのではないだろうか。

(『図書新聞』11.4.2号)

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