« 2010年8月8日 - 2010年8月14日 | トップページ | 2010年9月19日 - 2010年9月25日 »

2010年9月10日 (金)

ロナルド・マンク 著/櫻井公人・高嶋正晴・藤田悟 訳  『現代マルクス主義のフロンティア』(萌書房刊・10.3.31)

 どこか喉に棘が刺さったような気分というものがあるとすれば、マルクス主義あるいは、マルクス・レーニン主義といういい方に対してだ。コミュニズムや、ソーシャリズムといったいい方ならまだしも、個人名を冠した立場やシステムの総称ほど怪しげなものはない。僭称するだけなら、マルクス主義という概念はいくらでも広義なものとして見做すことができるからだ。とするならば、必然的にそこでは、レーニン主義もスターリン主義も、毛沢東主義、さらにはポルポト主義も包括されていくことになるといっていい。だから、わたしならマルクスの思想とマルクス主義の思想は、まったく別物として分岐して考えていくべきではないかと思う。
 イギリスの社会学者でもある著者は、本書の表題(原題)を『Mark@2000』(2000年刊)としている(本書の表題は訳者たちが付けたものだ)。著者によれば、「マルクスがパソコンに向かい、(略)最新ニュースを求めてネットサーフィンするといったイメージを喚起する」(本書・序)といった意味あいを持たせたということになるのだが、あながち、的外れではない気がする。そもそも十九世紀中葉におけるマルクスの思想言説は、極めてポストモダンなものであったはずだ。それを、エンゲルスやレーニンが安直な革命理論構築の手立てにしていったことによって、硬直した思念へと換えていき、1989年、ついに決定的な綻びを露出させてしまったということなる。著者は、「ソヴィエトによるマルクス思想の国家イデオロギー化がマルクス=エンゲルス研究所の活動とともに開始されたのは、偶然ではない。(略)マルクスは決して『史的唯物論』に言及したことはなく、ソヴィエト生まれの化け物である『弁証法的唯物論』についてもそうだ」と述べている。まさしく、「マルクス思想の国家イデオロギー化」ということこそが、レーニンからスターリンへと至る、著者のいい方に倣っていえばソヴィエト・マルクス主義の実態だといっていい。51年生まれである著者は、五月革命といわれた世界的な学生叛乱があった68年に象徴されるパラダイムの転換を称揚していく。いささか過大さを思わないではないが、「グラムシに示唆を得た『開かれた』マルクス主義が1968年の1つの帰結だった」とか、グラムシは「マルクス主義の機械論的傾向を打破した」という論述に、本書におけるマルクスの思想及びマルクス主義のあらたな方位を見定めていこうとする著者の思いが集約されている。
 確かに、「マルクスは社会主義が最も先進的な国々で隆盛することを期待したが、社会主義革命の大半は、相対的ないし絶対的な低開発の状況下で起きたという」パラドックスがあったとする著者の指摘は了解できる。ロシアがそもそもそうだったからだ。スターリンが先導して推進した重工業化路線によって欧米に対峙しうる大国へ変貌させようとした社会主義国家・ソヴィエトは、その時点でレーニンが想起した、やがて「開く」べき過渡期国家を強固なものへと「閉じて」いってしまったのだ。その結果、そのことをモデル型にして、「相対的ないし絶対的な低開発の状況下で起きた」社会主義革命の多くが国家権力奪取の手段となっていったことになる。
 にもかかわらず、いや、だからこそというべきか、著者は、あらたなるマルクス主義の方位、すなわち、「開かれた」マルクス主義を見通していこうと本書では試みている。グラムシを起点に、フーコーやジャック・デリダらの仕事を濾過しながら著者は、その道程を示そうとしているのだ。例えば、「フーコーは、『ミクロ』権力による規律のメカニズムに焦点を当てた『毛細血管』的な権力理論を展開した。それは国家主義的なマルクス主義研究の大半と調和しない」としながらも、そういうマルクス主義に対する批判的視線をあえて汲み入れながら、その先へと進もうとしているのだ。
 「脱構築は、批判的な視点をマルクス主義に与える。(略)デリダは、彼自身としては、今や、『マルクス主義における救世主と解放の約束に対して肯定的な思考』を容認している。(略)マルクス主義にとって、脱構築との批判的な分節=接合は、いくつかの利点を持つ。(略)マルクス主義を、なおも学ぶべきものが多くある様々なポスト構造主義のフィールドへと、また、変容の政治を生み出しうる新しい社会運動の政治へと導いて行く。」
 マルクスの思想を脱構築して、新たな思想の相貌を紡ぎ出そうとする社会学者の“苦闘”を眼前にして、わたしの喉の棘の痛みは、いつしか消えていた。

(『図書新聞』10.9.18号)


| | コメント (0)

« 2010年8月8日 - 2010年8月14日 | トップページ | 2010年9月19日 - 2010年9月25日 »