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2010年4月30日 (金)

ボリース・ピリニャーク 著                            川端香男里/工藤正廣 共訳・解説              『機械と狼』(未知谷刊・10.1.25)

 ボリース・ピリニャーク(1894~1938)は、ソ連・スターリン政権下で、反ソ作家として文壇から追放され、37年に逮捕、38年、銃殺によって刑死した。共訳者の川端の「再刊に寄せて」によれば、スターリン批判の年に名誉回復も、ソ連本国では、八〇年代にようやく出版されるようになったという。『機械と狼』は、ピリニャークの第二長編として23~24年に執筆されたもので、73年に白水社から『20世紀のロシア小説』というシリーズの最終巻として初邦訳が刊行された。本書は、その新版である。ピリニャークは、戦前、26年、27年と二度来日して、『日本の太陽と根元』(34年刊)という日本旅行記を出しているし、多くの作品の邦訳が出版され、「戦前のロシア文学愛読者にとっては懐かしい名前」(川端)であるという。これは、革命後のピリニャークは党公認の作家として十年以上は活動していたということになる。しかし、自身のなかに、革命プロセスに対する疑義が絶えず熱いエネルギーとして胚胎していたと見るべきかもしれない。
 わが国では、大杉栄がいち早くというか、唯一、ロシア革命の独裁権力の実態を看破していた。社会主義者・山川均との論争などがよく知られているが、大杉の死後は、スターリン政権の実相を透視できずに、戦後も含めて、わが国の旧左翼のほとんどが、ロシア革命を連続して捉え、理想社会へ漸進化していると見做していた。
 だからこそ、ピリニャークの視線は苛烈だといえる。内側から見たものが紡ぎ出す言葉は、悲痛な叫びでもあるからだ。
 「狼であるぼくらは幸福だ。なぜならぼくらにはいかなる長もないからだ。ぼくは咬みつき、また。友のために咬み合いもする!……そして国家組織が思い負担をかけることが少なければ少ないほど、その国家組織は良いものだ。」「ソヴィエト権力についてですが、わたしはまったく信頼できる筋の情報をもっていると言うことができます。それは、すべての共産主義者たちが新しい宗教信仰に入るよう命令を受けているということ」「機械とは何か?そしてプロレタリアとはいったい何者か?機械には、神と同様、血ハナイノダロウカ?」
 「機械」は、フロレタリア革命によって推進されていく機械主義(スターリン政権が直走った重工業化路線)を象徴しているし、「狼」は、「スラヴ的な民俗の恐るべき獣的な現実、それも古代や中世がついに昨日のように生きていて噴出するようなロシア民衆のありよう」(工藤正廣「思い出のピリニャーク」)だといえよう。
 本書の最終部にロシア革命を、「ロシアがヨーロッパとアジアとのソヴィエト共和国連邦と改称したとき」という記述がある。これは、まさしく、「機械」が、「ヨーロッパ」で、「狼」が、「アジア」を示唆していることになる。広大なユーラシア大陸の北半分を占めるロシアは、そのままアジアからヨーロッパに跨る、連結した空間を構成している。しかしロシア革命後のプロセスは、ヨーロッパ列強に伍していく、つまり重工業化を進めることよってヨーロッパ資本主義を超え、軍事的にも経済的にも優位に立とうとした覇権主義が、ロシアにおける「アジア的なるもの」を後列に配し、ロシア的共同体を疲弊させていったと捉えるべきであろう。ロシア・アジア的なものは後進性で、ソ連・ヨーロッパは先進社会であるという錯誤のまま、やがてソ連は解体していく。
 本書は、幾つもの断章をまるでモザイクのように構成して物語化を企図している。主要人物としては、統計学者のニェポムニャシチイとロスチスラフスキイ家の三兄弟といっていいだろう。統計学者は、物語の中の語り手のように革命プロセスの歪を統計的数字で明らかにしていく。ロスチスラフスキイ家の長男・ユーリイは、当局によって精神病者扱いをされて殺害される。ユーリイの伝言を秘めながら、「狼」について思索する次男のアンドレイのモノローグは、実に印象的だ。
 「全世界は鉄道や機械や工場なしに幾千年も平安に生きてきたじゃないか。そして今よりもずっと幸福だったじゃないか……ロシアは、百姓の、農耕の、賛美歌の、静寂のロシアは、ヒバリや歌や、民間信仰につつまれていた」
 ほんらい改革や革命(政治的なことだけではなく、産業構造的なことも含む)というものは、古いものを否定し解体して新しく組み変えていくことでは必ずしもないとわたしは考える。つまり時間性と空間性は比例するものではないのだ。アジアやアフリカが遅れた場所でアメリカやヨーロッパが進んだ場所とするあやまった歴史理念は、失効させるべきだし、失効しつつあるといえる。
 だからこそ、ピリニャークの「狼」的叫びは、現在にこそ響き渡らせるべきだと思う。

(『図書新聞』10.5.8号)

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