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2010年11月10日 (水)

書物の海へ                                 【はじまりのフーコー――『カントの人間学』】

 フーコー(1926~84)は、初期の代表作として知られる『狂気の歴史』(61年刊)を最初の著作としているのだが、これは、ソルボンヌ大学の文学博士号取得のための主論文(論文名は『狂気と非理性』)であった。この時(61年)、主論文の他に、副論文の提出も義務付けられていたのだ。フーコーが提出した副論文は、カント(1724~1804)の『実用的見地における人間学』(1978年刊)の「翻訳、序論、及び注記」であった(フーコーは64年に、『人間学』の仏訳を出版しているが、「序論」は著作として出版していなかった)。本書は、その中の「序論」にあたる、原題「カント『人間学』への序論」の翻訳である。例えば、晩年の代表作『性の歴史Ⅰ 知への意志』(76年刊)では、ニーチェからの影響を強く受けていることが窺い知れるのだが、フーコーにとって、意外なテクストと思われるカントに対しては、やはり、ニーチェに導かれるようにして関心を向けてきたようだ。訳者の王寺賢太は、フーコーは、『狂気の歴史』以後、「怒涛の勢いで、私たちには周知の数多くの著作を発表していった。起伏の激しいその行程が、『知』から『権力』へ、そして『自己』へ、という断続的な問題設定の変更を伴うものであったことも、比較的よく知られているだろう。(略)『カントの人間学』を読む者には、それらフーコーの試みのすべてが、この小さな書物にあらかじめ孕まれていたように映るかもしれない。(略)だとすれば本書は、カントの『人間学』への、あるいはカント哲学一般への特異な序論であるばかりか、フーコーがその後とりくむ膨大な仕事への序論であり、プログラムなのである」(「訳者解説」)と記している。
 確かに、カントの『実用的見地における人間学』への微細な解読を基軸としながらも、フーコーが表出する言葉、思惟、理念といったものは、後年の仕事の源泉が潜在していると見做せる場所が、多位相に渉ってあるといっていいかもしれない。

 「哲学は普遍性の境位にあり、それに対して医学の次元はつねに特殊性として位置づけられる。哲学は医学にとって不可欠で、指示を与えることのできない地平をなしていて、健康と病の諸関係の全体はそのなかに包摂されるのである。たしかにこの優先権は、人間の直接的な願望の序列を問うときには隠されてしまう。(略)無条件な願望も生の次元においては二次的である。健康な状態で起こる自然死など存在しない。それを感じずにいたとしても、病はそこにある。病とはなしにすますことのできない『死の種子』なのだ。」(『カントの人間学』・51~52頁)

 哲学と医学を連結させて論及するここでは、『臨床医学の誕生』(63年刊)を想起しうるような言説を展開していると捉えることができる。「死の種子」とは、『人間学』とは別の場所で提示した、カント晩年の概念であるが、フーコー的概念に転換されたかのようなイメージを、わたしたちは抱くことになる。死というものの不可避性を、どう乗り越えることができるのかという命題は、しかし、老いや病(必ずしも密接な関係ではないとしても)という現象とそれにともなう時間性を逸脱してまで解析しうることではない。フーコーは続けていう。「老いとはその(引用者註=統御しえないことの)しるしであり」、「身動きもままならなくなることを示している」(55頁)と。不可避性は、不可避性としてそのままのかたちで受容することによってしか、死と向き合うことはできないのかもしれない。

 「人間学とは、意味がはっきりしていたりいなかったりするこの出来合いの言語の解明である。その出来合いの言語によって、人間は事物の上に、また人間同士のあいだに、交換と相互性と物言わぬ理解からなる網を広げる。この網を通してかたちをとるのは、精神の共同体(シテ)でも自然全体の所有でもなく、世界のなかにある人間のあの普遍的な住処なのである。」(123~124頁)
 「人間学の観点からすると、モデルとなる集団は家族でもなく国家でもなく、『食卓を囲む集いTischgesellschaft』なのである。実際、この『食卓を囲む集い』は、それ独自の規則を守っている時には、普遍性の個別的イメージのようなものではないだろうか。誰も自分が特権的だとか孤独だとか感じることはなく、話をする者もしない者もみな語られる言葉の主権に共通にあずかるのである。(略)言語の地平では、諸個人が力や権威の介入も、断念や譲渡もなしに複数の自由を分節化し、ひとつの全体を形成する可能性が成立する。『一緒に食事をする者 convivium』の共同体では、話すことによって彼らの自由が互いに出会い、おのずから普遍的なものとなる。各人は自由でありながら、全体性の形式のなかにある。」(129~130頁)

 カント晩年の哲学的理念をこのようにフーコー流に解読されていくと、まさしく、「はじまりのフーコー」が、スリリングに現れてくるかのようだ。そして、『人間学』に啓発されて、フーコーの関係性(共同性)をめぐる認識展開が、このようになされていることに、注視せざるをえない。「人間は事物の上に、また人間同士のあいだに、交換と相互性と物言わぬ理解からなる網を広げる」という位相から、「言語の地平では、諸個人が力や権威の介入も、断念や譲渡もなしに複数の自由を分節化し、ひとつの全体を形成する」という位相へと繋がる思考のプロセスは、言葉の持つ可能性を関係性(共同性)のなかに見ていることが、鮮烈な印象を与える。後年、もう少し錯綜化させ、深化させた幾つかの層へと分散する方法へと展開されていくことを思えば、ここでは、意外なほどに明快に論じていることが、そのような感受とならざるをえないのだ。特に、「家族でもなく国家でもな」い「『一緒に食事をする者 convivium』の共同体」という概念は、これまでのフーコーからは、遠い表象である。だからこそ、ある種、プリミティブなイメージともいえる、ここでの関係性(共同性)の展開は、フーコーにあっては、その後、再構築して思考されねばならないエレメントのひとつになっていったのは、当然のことだったといっていい。

 「ニーチェの企ては、人間についての問いかけの増殖について終止符を打ったものとして理解しうるだろう。(略)『人間とは何か』という問いが哲学の領野のなかで辿った軌跡は、その問いを退け、無力にする、ひとつの答えにおいて完結する。すなわち、超人。」(161頁)

 こうして、結語は、ニーチェに誘われながら、「超人」へと至っていき、フーコーの仕事は、この後、過激に、大著『言葉と物』(六六年刊)へと加速化していったのだ。

※ミシェル・フーコー著、王寺賢太・訳『カントの人間学』(新潮社刊・10年3月25日、四六判・232頁、原書・08年刊)

(『風の森 第14号』10.11.10)

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