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2010年9月30日 (木)

「情況」的場所へ(6)―時空の彷徨―

 七月十七日付新聞紙上に「重信被告 有罪確定へ」の見出しの記事が載っていた。それによれば、「オランダ・ハーグの仏大使館占拠事件(ハーグ事件、74年)で殺人未遂などに問われた元日本赤軍最高幹部、重信房子被告(64)の上告審、最高裁(略)は15日付で被告の上告を棄却する決定を出した。懲役20年とした、1審、2審判決が確定する」(「毎日新聞」)と報じられていた。わたしは、重信房子の個人史(唯一、関心を惹くのは、父親が血盟団の一員だったことだ)や、行動理念に、これまで関心や共感を抱いてきたわけではない。一昨年に観た、若松孝二監督の映画『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』の物語の始まりが、明大Bund仲間だった重信房子と遠山美枝子の二人がデモをしている場面であったことからくる、ある種の感慨のようなものを思い出したから、記事に惹きつけられたといっていいかもしれない。その後の二人は、ともに赤軍派へ参加、やがて重信はパレスチナ解放闘争参画のため西アジアへと渡り、遠山は連合赤軍に合流し、山岳ベースで虐殺死する。重信が、度々、帰国していたのは、わたしですら知っていた。記事には、97年から00年までに16回の出入国を繰り返していたとあったが、少なくとも、それ以前から帰国していたはずだ。00年11月に大阪で逮捕された時、わたし自身は、特に驚きはしなかった。出入国の繰り返しは、公安の網の目の中で踊らされていただけだったに過ぎないからだ。現在、イスラエル=パレスチナ問題は依然、暗礁に乗り上げたまま、イスラエルの強大な軍事力によるパレスチナ民衆への弾圧が、ガザ地区を中心に続けられている。重信・赤軍派が、既にどんな革命的使命をも胚胎することができなくなった時、彷徨が始まったということになる。遠山の理不尽な死と、重信の彷徨する生に対して、その時空間を横断させてみれば、なにを見通すことができるのだろうかということが、さしあたって、わたしの現在の関心事ということになる。
 69年秋、「ブルジョワジー諸君!我々は君たちを世界中で革命戦争の場に叩き込んで一掃するために、ここに公然と宣戦を布告するものである」と「世界革命戦争」を宣し、共産同赤軍派が結成された。荒唐無稽、誇大妄想の誹りを受けながらも、新左翼諸派の中でも突出した武力闘争を進んでいったのは確かであったが、それは当然、公安権力のすさまじい弾圧を招来することになる。赤軍派への弾圧は、九十年代中盤期におけるオウム弾圧の比ではなかった。やがて閉塞していく運動情況のなかで、周知のように、路線や組織形成がまったく違う、京浜安保共闘(革命左派)と連携し、連合赤軍が結成される。群馬山中に革命根拠地と称して、山岳ベースを作るも、そこで行われたのは、十二人の粛清死だけだった。そして、公安の追尾を振り切った五人のメンバーによって喚起された「あさま山荘銃撃事件」(72年2月)で、連合赤軍は運動的、組織的解体を迎える。一方、重信・赤軍派は、重信の戸籍上の夫・奥平剛士ら三人による「テルアビブ空港乱射事件」(72年5月)によって、衝撃と困惑を、わたし(たち)に与えた。
 田宮高麿たちの「よど号ハイジャック事件」(70年3月)は、乗客乗員が一切殺傷を受けることもなく、ある種、見事な快挙といえるものだった。しかし、テルアビブ空港での無差別乱射は、例え、そこがイスラエル国内の主要空港とはいえ、無辜の市民たちへの殺傷である以上、革命運動からは大きく逸脱するものだというしかない(9.11テロとは位相が違うことを敢えて付言しておく)。昨年、わたしは、ドイツ赤軍をモチーフにした映画『バーダー・マインホフ/理想の果てに』(監督 ウーリー・エデル)を観た。政財界・司法関係の要人を次々と誘拐し暗殺するという行動の苛烈さは、内閉していくわが国の赤軍派や連合赤軍の運動と明らかな差異を示していて、赤軍派らの錯誤に満ちた武力闘争なるものを想起して暗澹たる思いになったといっていい。ドイツ赤軍は、PFLP(パレスチナ解放人民戦線)の軍事訓練を受けたものの、当然のことながら全面的に共闘していくかたちを採っていかなかった。そこが、PFLPの傘下となって行動することを主軸とした重信・赤軍派との大きな違いだ。というよりは、それが、重信・赤軍派における明らかな錯誤と陥穽であるといわねばならない。
 内閉した粛清死と無差別乱射の間に横たわる構造は、“ブルジョワジー”という言葉に象徴される権力の時空を見誤り、国家と共同性の間隙を見通すことができなかったことを指し示している。
 ところで、かつて森山塔名義で『とらわれペンギン』や『ペギミンH』などの成年向けコミックで独特の倦怠感溢れるエロスの世界を描出していた山本直樹は、現在、連合赤軍をモチーフにした『レッド Red』(「イブニング」06年21号より隔号連載、現在まで単行本は四巻まで刊行中)という意欲的な作品を発表し続けている。若松版映画と違い、69年から72年の情況を歴史記述的に描出しようなどという思惑は一切なく、ただ、その時の情況の只中にいた若者たちの群像を丹念に物語化しようとする率直な思いが伝わってくる。
 山本の描く物語は、革命者連盟(京浜安保共闘をテクストとしている)を中心に進められているのが、印象的だ。関西派Bundの流れを持つ赤軍派の主要幹部は塩見孝也をはじめとして京大出身者(板東國男もそうだ)が多い。また連合赤軍に参加したメンバーの多くは学生活動家のまま運動を継続していた。しかし京浜安保共闘の永田洋子や坂口弘は、労働者としての立ち位置で運動に関わっていた。経験的様態において、赤軍派メンバーとは明らかに差異性を有していたのだ。
 山本はけっして既知の人物像にとらわれることなく、作中の群像を活写している。革命者連盟の赤城(作中人物名は山岳名から採っている)を、この作品の中心に据えているのだが、永田をモデルにしているとはいえ、忠実に描出しようとしているわけではない。山本漫画の一登場人物として自在に、ある意味、魅惑ある造型が表現されている。一方、赤軍派は、赤色軍という名称にして、岩木(植垣に相当)を軸に描かれていく。森は北(北岳に由来するとはいえ、わたしは北一輝を想起したくなる)、板東は、志賀という人物に擬似化させているが、もとより、他の登場人物にしても、遠山美枝子を特定できないように、実在のメンバーに合致させるような描き方はしていない。ただし、登場人物のうち十五人のメンバーの顔の上方に、①、②というように、ナンバーを付して、幾度となく描出している。これは、亡くなっていく順番を示しているのだ。①の赤石は、交番襲撃で射殺死、②と③の空木、五竜は、赤色軍との合流以前、革命者連盟が行った粛清によって殺される。④伊吹以下、⑮霧島までは、山岳ベースで総括によって亡くなっていく者たちということになる。そして、さらにいえば、岩木の場面では、「この時20歳/長野県の駅(駅名は黒ベタにしている)構内で/逮捕されるまで あと約950日/懲役20年確定まであと約8600日」(第1巻・11P)というキャプションが付されていて、後段になれば、その日数が減少していくことが分かる。赤城の場合は、「このとき24歳/群馬県山中で/逮捕されるまで/あと898日/死刑確定まであと/8569日」(同・30P)となり、北は、「この時26歳赤城とともに/群馬県山中で逮捕されるまであと413日/拘置所内で自殺するまであと732日」(同・165P)と記されていく。番号といい、あと何日という表記といい、見るものは、やがて、悲惨な事態に彼ら彼女らが遭遇することを否応なしに突きつけられる。そして、第4巻では、空木と五竜の死を、衝撃的に描出される。死に向かう時の空木と五竜のいいようのない表情は、痛切である。やがて、多くの無用な死の始まりとしてそれは示されているのだ。山本のこの作品は、個々の「生」に向き合うことによって、情況を越えていく。

(『月刊架空』10年9月号)

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