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2010年1月 1日 (金)

伊藤俊也 著『メイエルホリドな、余りにメイエルホリドな』 (れんが書房新社刊・09.5.20)

 七〇年代初頭、鮮烈な映像を持って、映画作品『女囚701号 さそり』(72年。主演は、梶芽衣子、原作は、篠原とおるの漫画作品『さそり』)で颯爽と登場した伊藤俊也は、以後、『誘拐報道』(82年)や、賛否両論渦巻いた話題作『プライド 運命の瞬間』(98年)などを撮った映画監督として知られている。その伊藤俊也が舞台化を念頭に書き下ろした戯曲が本書である。
 ロシア革命前後期において世界的に評価された演出家・メイエルホリドの劇的スタンスを主題とした戯曲である本書の著者名を見て、わたしは一瞬、『女囚701号 さそり』の伊藤俊也とは別人ではないのかと思ったのだが、「あとがき」を見て、率直に納得したといっていい。
 「六〇年安保の年に入った撮影所での疾風怒濤の助監督時代。監督になることすら絶望視せざるを得ない闘争の渦中にあって、撮らずしてなお作家であることを身に律しなければならぬ日々、ロシア革命や政治と文学、映画、演劇、その範疇の中で、メイエルホリドの名に触れたであろうことは間違いない。」
 革新的な演劇を目指していたメイエルホリドは、ロシア革命によって、もっとそのことが可能になると考え、十月革命になぞらえた「演劇の十月」を唱え、革命下における演劇運動を主導的に担っていったが、やがてスターリン政権との確執を生み、粛清され刑死している。全三幕の本戯曲の第一幕冒頭は、第一回全ソ演出家会議といういわば弾劾される場所でのメイエルホリドの演説の場面となっている。
 「はたして芸術家は自己の創造理念を――たとえそれが誤ったものであったにせよ――実験で試しうる精神の自由をもちあわせていないのでしょうか?(略)正直なところ私は、目下わが国の劇場で生じているものを、見るも無惨なものとみなしているからであります。(略)私には、これがいったい何なのか、アンチ・フォルマリズムなのかリアリズムなのか、あるいは自然主義なのか、それともなんとかイズムなのかは分かりません。しかしこれが拙劣でひどいものであることだけは理解できます。社会主義リアリズム演劇を自負しているこの貧しくみすぼらしいものは、芸術となんらの共通点ももちあわせていません。(略)だが、演劇というものは芸術なのであります!」
 佐野碩という演出家がいる。戦前、左翼運動に身を投じ革命後のソ連で演出を学び、スターリンによる粛清のなか、メキシコへと逃れ、戦後、「メキシコ演劇の父」とまで称された人物である。最近、岡村春彦によって佐野碩の初めての評伝『自由人 佐野碩の生涯』が著された。佐野はソ連でメイエルホリドに師事し、演出助手をしていたのは、周知のことであるが、岡村は、その著書のなかで次のように、碩のメイエルホリドへの思いを記述している。
 「碩はおそらく、多くの批判者の前で毅然として自説を説くメイエルホリドの演説を、感動して聞き入ったことだろう。メイエルホリドにたいする批判は、当然演出助手である碩にたいする批判でもあったが、碩は、どんなに批判されても、どこまでも意志を曲げずに自分の芝居を創りつづけるメイエルホリドの演出助手をやめることはしなかった。」
 この佐野碩のメイエルホリドへの強い共感は、本書の著者にも同じ様にいえるはずだ。賛否両論に晒された映画『プライド 運命の瞬間』を撮り上げた後、著者は、どのような心境を抱き続けていったかは、類推の域を出ないとしても、わたしには、メイエルホリドがボリシェビキ政権に批判され続けても、「どこまでも意志を曲げずに自分の芝居を創りつづけ」ていったように、伊藤俊也もまた、自らの意志を持って撮ったという自負を、確として手放すことはしなかったと思われる。ことのついでに、わたしのこの映画作品に対する考え方を述べてみたい。製作者側のブレーンやスポンサーが右翼的立場であるとか、東條や十五年戦争を正当化した右翼映画だといった表層的批判には与しないという前提に立って、あくまでもひとつの映画作品として観るならば、特に主題でもある東京裁判のシーンは力感あるものだったといいたい。どんな情況、どんな場合においても、戦争というものは、それが生起した段階で、正義の戦争というものはない、ありえないというのが、わたしの考えである。それは戦争というものは、すべからく、国家という名の下に人間の生命と生活を徹底的に簒奪するものだからである。それ故、戦勝国が正義で、敗戦国が悪だという論理は、欺瞞に満ちたものであり、その限りでは、東京裁判が必ずしも、公平な根拠を持ったものではないのは確かなことなのだ。しかし、忘れてはならないのは、東京裁判の不当性を声高に主張したとしても、そのことによって、わが国の戦争行為が正当化されるわけではない。そのような意味において、伊藤の作家意志が、どこまで作品の深部へと届いていったかは、難しい。しかし、たぶん、伊藤の考えもまた、わたしとそれほど変わらないものであると思いたい。
 スターリン主義の迷妄性は、スターリン個人の資質に帰することではない。イデオロギーにおける虚妄性・凶暴性の問題なのである。イデオロギーに対する絶対信仰性こそが、戦争と国家イデオロギーが結びついていくように、存在性や自己表現という人間の生命感の発露を圧殺していくものとなっていくのだ。
伊藤が描き出す、この劇には、スタニスラフスキイやチェーホフはもちろんのこと、マヤコフスキイ、ショスタコーヴィチ、エイゼンシテイン、ジナイーダ・ライヒ(エセーニンの最初の妻であり、メイエルホリドの二番目の妻である。そのため夫逮捕後に惨殺されている)などといった演劇、映画、音楽といった多様なジャンルの芸術家たちの有り様を凝縮して見せてくれている。そのなかで、ロシア革命を通過し、やがてスターリン体制下にあってさらなる表現の自立性を追及しようとしたメイエルホリドだけは、本書の書名の通り、際立って“余りにメイエルホリド”であり過ぎたのだ。現在の閉塞的で弛緩した情況をメイエルホリドなら、どのように突破しようとしただろうかと、思わざるをえない。本書の舞台化の実現が待たれる。

(『図書新聞』10.1.1号)

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