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2009年11月 6日 (金)

安藤 宏 編著『展望 太宰治』(ぎょうせい刊・09.6.19)

 今年が太宰治生誕百年ということで、出版界では、リニューアル、再編集された作品集(初期作品を纏まったかたちで読める新潮文庫版『地図』を、わたしなら推奨したい)が数多く刊行され、また根岸吉太郎監督作品『ヴィヨンの妻』をはじめとして、今後、映画化作品も数編上映されていく予定にある。当然、本書のような、太宰研究論考集のようなかたちのものも、幾種類か刊行され、活況を呈している。
 太宰に関していえば、“生誕百年”といったモニュメントに便乗しなくても、戦後からいまなお、多くの読者に支えられてきている。その意味でいえば、太宰治という作家は、時代や世代を越えて読み継がれてきた数少ない文学者の一人であるといっていい。わたしもまた、少年期から青年期にかけて、太宰の小説群に魅了された一人であり、特に、戦時下そして戦後の混乱期を独自のスタンスで、作家活動を遂行したことに対して瞠目すべき存在として捉えてきた。
 本書の書名に冠した「展望」とは、これまでの太宰研究を踏まえつつ、新たな地平へと太宰作品の世界を切り開いていこうとする論者たちの意図の表明だといえる。「時代(性)」、「表現機構」、「さまざまな視点」、「享受史」、「研究案内」といったキーワードを持った全六部の構成の立て方にそのことは、よく表れている。「第Ⅰ部 太宰治の時代」は、旧制青森中学在学時の大正12(1923)年から自死した昭和23(1948)年までを、世相や伝記的な記述とともに、太宰の作品や書簡から、その時代に言及している箇所を引いて配列するという重層的な年譜をかたちづくっている。このような年譜構成に連携するかのように、「第Ⅱ部 表現の時代性」は、本書の白眉をなす論考が並んでいる。
 太宰は戦前、左翼思想への傾斜を示しながらも、その後は、日本浪漫派の人脈へと関係性を連結していくわけだが、だからといって、プロレタリア文学に見られる主題主義的な作品を書くことはなかったし、戦時下においても露骨な戦争賛美を作品化したわけではない。戦後にいたっては、いささかシニカルな視線で、終戦時の様態を描出するというように、作家的スタンスにおいては、他の作家より遥かに際立った光彩を放っていたことになる。それは、時代情況を確実に意識しそれとの独特の距離感のようなものを自己の内部に醸成しえたからだと、わたしには思われる。その限りでいえば、太宰と時代性の関係構造は、重要なモチーフを持っているといっていいはずだ。
 「そもそも作者を思わせる、語り手の身辺を題材にした多くの作品を発表していたこの時期の太宰は、戦時下の状況に直接的に対応した小説を執筆していないわけだが、無名の一女性を語り手として、自らを取り巻く戦時下日本などの大状況ではなく、自身の生活や感情、あるいは夫や家族との関係といった、ごく身近なものについて語る〈女語り〉の作品は、同時代の女性作家の表象に支えられつつ、戦争小説などの戦時体制に呼応した文学状況を相対化し得る位置にあったのである。」(若松伸哉「不安と再生の昭和十年代――太宰治と同時代瞥見」)
 『女生徒』に代表される一連の〈女語り〉の作品は、時代との拮抗のなかで独自方法のスタイルとなっていったといえるかもしれない。「第Ⅲ部 太宰治の表現機構」に配置された、根岸泰子「女性独白体テクストの表現機制」でも、「太宰の女性(一人称)独白体テクストの多くは、日中戦争下の昭和十三年以降に生み出されている」という指摘にあるように、「女性」を通して「生活者」へと視線を馳せることを自らの表現意識としたわけだが、それはまた、パラドキシカルなものを太宰が抱え持つことを意味している。
 「太宰の描く生活者はリアリズムに基づいていない。危うい均衡の上に思い描かれた太宰の生活者への寄り添いは、逆説的ではあるが、戦時という非常事ゆえにかろうじて存続しえた種類のものだったと思われる。敗戦を機として、生活者の実情をいやでも目の当りにしなければならなくなった太宰は、直ちにそれまでの生活者への夢を喪失することになる。」(片山倫太郎「日米開戦時の小品における生活者へのロマンティシズム」)
 それにもかかわらず、わたしたちが、太宰作品に魅せられていくのは、終戦時前後における作家表現の屹立性にある。
 安藤宏は「『八月十五日』と疎開文学」のなかで、終戦時前後、故郷に疎開をしながら発表されていく太宰作品を「疎開文学」の系譜と位置づけながら、そこに「農耕的」、「農本主義的」なるものの理想のかたちを見ていく。戦後、発表された戯曲「冬の花火」のなかのよく知られた台詞、「アナーキーつてどんな事なの?あたしは、それは、支那の桃源郷みたいなものを作つてみる事ぢやないかと思ふの」を例示しながら、「〈津軽の百姓〉としてのアイデンティティと『疎開文学』のテーマである農本主義とを結合すべく、結果的に太宰は〈私はいま夢想する境涯は、フランスのモラリスたちの感覚を基調とし、その倫理の儀表を天皇に置き、我等の生活は自給自足のアナキズム風の桃源である。〉(「苦悩の年鑑」)というテーゼを掲げることになるのである」と安藤は述べていく。
 そして、「『疎開』が発見した“農耕の論理”には戦時の日本を支えていた強固な共同体的感性が貫かれており、これに言葉をもって“対決”すること抜きに戦争の総括はあり得なかったはずなのだ」とし、昭和十年代の論理の未解明性を指摘していることに、わたしもまた同意する思いだ。
 さて、太宰が戦後、発表した終戦時のことを描出した「トカトントン」という作品がある。この作品が、GHQの検閲を受けていたとする天野知幸の「何を語るべきか/何を語ることができるのか――検閲制度と『トカトントン』、『群像』」(「第Ⅳ部 さまざまな視点から」に配置)では、「監視の視線が言説そのものに向けられていた」ため、「過去の再現的な語り」を「軍国主義の徹底的な根絶を目指す検閲制度において危険視されるべきもの」となったと捉えていく。しかし、太宰のこの作品に記述されている「過去の再現的な語り」は、戦争行為を是認したいためになされていたわけではないにもかかわらず、検閲対象となったのは、いかにも逆説に満ちているといわざるをえない。「検閲によって削除されたこの作品は、一見、検閲制度から『逸脱』する言説に抵触しているように思われるが、同時に、それは周到に避けられてもいる」とし、「戦中から戦後へと至る過程で生じた言論環境の変節にも、太宰は巧みに同調しているように見える。それはイデオロギー的な変容がなかったからというよりも、極めて巧妙にかつ複雑な方法でメディアや検閲と同調/非同調し続けることを止めなかったからであろう」と天野は述べている。
 「極めて巧妙にかつ複雑な方法でメディアや検閲と同調/非同調し続ける」ということは、時代性との鋭角的な距離感の巧みさといえるし、それはまた、太宰の天性の作家としての膂力なのだとわたしなら思う。だからこそ、戦前から戦後と紡いできた太宰治の作品群は、時間性を越えて、いまだに、現在の地平へと降り立たせる言葉たちを内在させているのだというべきかもしれない。
(『図書新聞』09.11.14号)

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