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2008年9月26日 (金)

小野才八郎 著『太宰治再読』(審美社刊・08.6.30)

 著者は、太宰の生地・金木町の隣村(嘉瀬村、現在は金木町と合併)に生まれ、生家に疎開していた太宰との知遇を得て、師事し、太宰死後は桜桃忌の世話人のひとりでもある(現在、世話人会は解散)。小説集の他に『太宰治語録』(津軽書房―98年刊)の著書があり、太宰関連でいえば二冊目の著書ということになる。わたし自身の怠慢もあり、また太宰の身辺関係にあまり注視することがなかったため(弟子筋として、小山清と田中英光しか認知していなかった)、本書で、初めて著者を知ったことになる。
 よくいわれるように、太宰の小説作品を遠望する時、初期、戦時下、戦後とほぼ三期にわけて捉えることができる。そして戦後の作品、『斜陽』、『人間失格』は、誰もが認める太宰の代表作と見なされているが、わたしなら、むしろ初期の『晩年』と、戦後、最初の作品(戯曲)である『冬の花火』を、真っ先に挙げたいし、中期の代表作としては、『富嶽百景』ということになる。
 本書では、『晩年』に収められている「思い出」から稿を進めている。「東京百景」で綴られている「思い出」に触れた箇所を援用しながら、太宰が「いかなる状況、いかなる心境のときに書かれたのであろうか」と、解き明かしていく。著者は、「東京百景」で、「思い出」を“遺書”と述べたことに拘泥し、「『思い出』から『人間失格』への道程は、太宰文学そのものの道行と考えてもよいのではないだろうか」(35P)と結語する。以降、「走れメロス」、「海」、「薄明」、「トカトントン」、「ヴィヨンの妻」、「人間失格」といった作品が、〝再読検証〟されていくことになるのだが、著者が終戦の年(一九四五年)の九月に復員後、十一月に金木町の生家に滞在していた太宰を、何人かの仲間とともに月一回の割合で訪ねて以来(著者によれば、太宰本人は、「太宰道場」と称していたようだ)、東京に太宰一家が戻る(四六年十一月)までの一年ほどの間の通交談は、わたしには興味深いものがあった。
 上京後の翌年に発表された「ヴィヨンの妻」に触れて、次のように述べている。
 「弟子の菊田義孝は太宰が敗戦の事実をかくも深刻に考えていたとは気付かなかったと、反省を込めて告白したことがあった。おそらく他の多くの弟子も同様であったろう、私も含めて……。」(120P)
 また、疎開時(「冬の花火」は、四六年三月執筆、同年「展望」六月号に発表)、最後の頃に書かれた作品「トカトントン」(四七年、「群像」一月号に発表)の成立に関わったとする著者は、その作品の構想について太宰が語ったこととして、「今度、君たちと同じくらいの年齢の青年で、ちょっと面白いと言おうか、困ったと言おうか、まあそんな、悩める青年を書こうと思うよ(略)悩むにも才能がいるんだよ。つまらない悩みもあるからね。それにしても君たちには悩みはなそうだね」(85P)と記している。
 「トカトントン」は、終戦の八月十五日の玉音放送を聞いた青年が、「死ぬのが本当だ、と思」ったとたんに、「誰やら金槌で釘を打つ音が、幽かに、トカトントンと聞え」、「悲壮も厳粛も一瞬のうちに消え」、「憑きものから離れたように」、「なんともどうにも白々しい気持」になり、その後もその“トカトントン”という音が耳から離れないという悩みを手紙文体で綴った短編である。著者は、サルトルの『嘔吐』と比較して存在の不安感を基軸として論じていくわけだが、もうひとつ、切実なる問題としては、日本の敗戦による大きな価値転換ということが、太宰の内部にはあったことになる。
 「日本の敗戦を太宰は日本の滅亡とまで意識した(「冬の花火」、「春の枯葉」)。あらゆる価値は転換し、どん底から新しい日本がはじまることを期待した。―神は死んだ。(略)―とはニーチェの言葉である。しかし太宰は、神は死んだとは言わない。『神はある』という。これは戦前からの信念である。ただ、滅亡のどん底を衝くという意識はおなじであろう。単なる虚無ではない、虚無を突き抜けた『空無』でなければ、と、太宰はよく口にしていた。畳をとんと叩き、『ほら、跳ね返るだろう。底に達しなければこの力は生まれないのだ』と力を込めていわれたものである。」(68~69P)
 それでも、現実との軋轢は、作家・太宰治にとっては大きな荷重になっていったはずだ。著者が述べる通交談からも窺い知れるように、太宰独特のリリカルな倫理性とでもいうべきものは、敗戦の価値転換を単純に許容しうることではなかったのだ。
 著者たちに、「どうも日本人は負けたということを真剣に考えていないようだね」と太宰がいったと述べている。
 底に達して、“跳ね返る力”を生み出すことなく、太宰は自死を選んだことになるのかもしれない。「敗戦期」ということに、拘って太宰を捉えるとすれば、わたしはそういう感慨をもってしまうのだ。

(『図書新聞』08.10.4号)

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