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2008年8月 8日 (金)

新藤 謙 著『秋山清の詩と思想』(土曜美術社出版販売刊・08.6.10)

 本書は、アナキスト詩人として知られる秋山清について論じられた、単著のものとしては、岡田孝一著『詩人秋山清の孤独』(96年―土曜美術社出版販売・刊)についで二冊目にあたるものだ。『秋山清著作集』(全11巻・別巻1―ぱる出版刊)編纂に関わった立場からみて、秋山清論が本書で二冊目ということを、少ないと捉えるか、二冊も単著として秋山清論があることに瞠目すべきこととして考えるかは、いささか逡巡する思いがあることは確かだ。だがけっして、少なくはない数の秋山清に関する論考(その代表的なものが、吉本隆明の「抵抗詩」であり、内村剛介の「書く醜態について」であるとわたしなら考える)があることを思えば、秋山清という詩人が、必ずしも、閑却された存在だとはいえないと、断言していいはずだ。
 秋山の近接にいて、詩業を中心に述べられている『詩人秋山清の孤独』に比して、本書は秋山の思想の核心へと真っ芯に切迫したものとなっている。
 「日本及び世界を体系とする論理が秋山にとっては無政府主義である。人間が自由平等かつ道徳的に生きるためには、一切の政治権力を地上から放逐しなければならない、という結論が導き出される。あるいは、そうした状況を作るために無政府主義思想が体系化されたのかもしれない。」(29P)
 「無政府主義を含む現代の反逆思想の存在理由は、不服従の自由を行使し、国家を超える思想を構築することであり、批判的知性を養うことである。暴力革命やテロリズムが無効である以上、反逆の思想はいたずらに議会制民主主義を否定するのではなく、その思想の普及と充実のために、議会制民主主義をも活用しなければならない。」(137P)
 「秋山清の真骨頂は無政府主義の研究と実践で、これは詩業以上に深いと思う。私は無政府主義は実現不可能な理念という点で、民主主義同様、永久革命だと考えるが、すべての権力を否定する無政府主義は必要不可欠の思想であることを疑わない。」(214P)
 このように、著者によって直截に述べられていく「無政府主義(思想)」という概念は、マルクス主義(あるいは、共産主義、社会主義)と同様に、ひとつの位相に括れないものとしてあるというのが、わたしなどの考え(例えば、マルクスの思想とマルクス主義の思想は、まったく別物として捉えるべきだということでいえば、バクーニンとクロポトキンの思想は、無政府主義というひとつの思想には括れないほどの遠隔性を持っていると見做すべきである。また、議会制民主主義という言葉自体も、ひとつの定立した概念として見做すには、かなりの留保が必要だという気がする)だが、「実現不可能な理念」ということでいえば、確かにそうかもしれないと同意する以外にない。しかし、理念や理想というものは、それ自体、実現可能なプログラムを持っているから希求するものではないと思う。未だ実現されえないからこそ、想起することなのであり、そのことは必ずしも、空想的なこととして退けられるものではないはずだ。
 と、このように著者の思想的根拠の外延を敷衍しながら、本書へと立ち入ってみれば、秋山清の詩と思想の内在性に深く視線を降ろしていることは、認めないわけにはいかない。前半部は、詩業について丹念に辿り、後半部は、『文学の自己批判』、『日本の反逆思想』、『ニヒルとテロル』、『反逆の信條』などの著作を通して、秋山清のアナキズム的思考の所在を析出していく。そして、本書も含め、秋山清を論及する時、大きな焦点として立ち上がってくるのが、「戦争責任」の問題であるといっていい。秋山の戦時下の詩篇を“抵抗詩”として高く評価したのは、吉本隆明が最初であったが、以後、その評価のうえに、秋山の非戦思想者としての立ち位置が確定したと思われる。しかし、だからといって、反戦抵抗者として戦時中、国家権力と闘ったとかそういう位相のことではない。すくなくとも、詩業として国策に照応した作品を執筆しなかったことであり、戦前と戦後の時空間を連続したものとして認識していたということなのだ。生活の糧を得る仕事として著した一連の木材関係の著作を指して、戦争協力者だとすれば、戦時中、非転向で獄中にいた人以外は、すべて戦争協力者ということになる。戦後、秋山や吉本、武井(昭夫)らが、先駆的に文学者たちの「戦争責任」の問題を追及したのは、時間の連続性を無視して、戦前の所業を糊塗し、さらには、そのことを正当化したからに他ならない。
 「前出の散文(引用者註=一連の木材関係の著作)に現れた秋山の戦争責任はどうなるのか。秋山は戦争中、アジア・太平洋戦争を侵略とは断じなかった。またそれが公表できる状況でもなかった。したがって文章が本音か偽装かは判らない。かりに偽装であったとしても、書いた以上は自分の責任である。秋山清でなく高山慶太郎の筆名だからまあいいや、では通らない。戦後の秋山はやはりそのことにけじめをつけるべきであった。そして戦争中、協力詩を書かなかった自分と、戦争肯定を含意した散文を書いた自分との心のせめぎあいを率直に語る必要があったと思う。」(186P)
 著者のこの視線は、確かに正当なものである。しかし、生前、秋山は、戦時下に木材関係の著作があることを、声高に表明はしなかったが、さりとてそのことを糊塗もしなかったのだ。わたしは、三冊のうち、二冊の著作しか見ていないが、かなり慎重に書かれた(だから、一見、迎合的な記述もないわけではない)ものであることは、よく分かるし、木材の専門書として見れば、当時としては、かなり上等なものであることは評価していいと思う。当然のことながら、著者が懸念するような、「本音か偽装か」といったことを秋山がそれらの著作には施してはいないといえる。「戦争中、協力詩を書かなかった自分と、戦争肯定を含意した散文を書いた自分との心のせめぎあいを率直に語る」べきだと著者はいうが、秋山は、高村光太郎のような『暗愚小伝』を書くべきではないという矜持があったからこそ、また後年、木材関連の著作を知ったものが、自身の詩業を否定はしないはずだという確信があったからこそ、“心のせめぎあい”を敢えて語る必要はないと考えたのだと、わたしはいま、著者の疑念に対していいたい気がする。

(『図書新聞』08.8.16号)

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