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2007年10月12日 (金)

朴  一 著『朝鮮半島を見る眼―「親日と反日」「親米と反米」の構図』(藤原書店刊・05.11.30)

 在日韓国人三世の著者による朝鮮半島をめぐる時評集(対談含む)である。1997年から2005年までのほぼ八年間にわたる、月刊誌「論座」に発表された論考を中心に纏められたものだ。わたし(たち)は、朝鮮半島の歴史や政治的情況、あるいは文化の有り様をどんな偏見もなく捉えることができるだろうか。偏見といえば、やや衒ったいい方かもしれない。明確な視線をもって、わたしたちが立っている場所と等価に相対化できるだろうかといいかえてもよい。どんなに、わが国による戦前の理不尽な朝鮮半島統治による圧制と差別の時間を精緻に遡及し、理念的に解体していく考えをもったとしても、どこかでアメリカやヨーロッパ、あるいは中国でもいいが、それらの国家群へ向ける視線と比重の差異を発生させているのではないかと思われる。わたし(たち)が立っている場所とは、まぎれもなく、日本国(あるいは日本人)という場所である以上、朝鮮半島をめぐる言説においては、微妙な空隙を埋めることを困難にしているといってもいいだろう。例えば、靖国問題や歴史教科書問題は、小泉参拝や扶桑社版を良しとしないと思っていても、なぜ、これほどまでに、韓国(民)は執拗に抗議し続けなければならないのかといった戸惑いを抑えることができないはずだ。
 それは、加害者・被害者といった二項対立の図式では、裁断できないことなのだといっていい。
 日本は、ふたつの核爆弾によって、致命的敗戦を迎えながら、皮肉にも朝鮮戦争特需といったことなどが契機となって、加速度的に戦後復興を遂げて、アジア最大の経済大国になっていった。一方、日本からの解放も束の間、悲劇的な朝鮮戦争によって国を分断され、長年にわたって戒厳令下にあって、様々な軋轢のなかにあった韓国は、ソウル・オリンピックを契機に、ようやく資本主義経済システムの高揚期へと向かって行くことになる。この遅延が、韓国(民)側からいえば、戦前からの時間性は切り離すことのできないものとして残存し、日本国(民)側にとっては、敗戦時の数年間は、記憶の沈殿となって、逆の意味で、戦前からの連続した意識(欧米に対する劣等意識の裏返しでしかない、アジアに対する蔑視感)を払拭することなく、むしろ肥大化させている。
 戦後六十年、経過したわけだが、大半は世代的には戦争責任というものはない。だが、日本国政府というものは、構成メンバーは変わったとしても、政府というシステムは連続的なものなのだ。その限りでは、日韓条約が象徴するように、国家賠償としてクリアに戦後処理をしてこなかった日本国政府に対して戦後責任を問い続けなければならない。韓国・北朝鮮、アジアの人々からはもちろんのこと、これが一番重要なことなのだが、わたしたちからもだ(特に、九条問題がそうだ)。
 本書を通読して、すくなくとも、このような立ち位置を確認したうえで朝鮮半島へ視線を向けなれば、なにも見えてこないということを教えられたような気がする。
 「韓国語の『チニルパ親日派』は、日本語の『親日家』とは異なり『日本の朝鮮支配に協力した人物やグループ』を指す言葉である。『植民地時代の朝鮮人官僚、警察官、それに日本人の庇護のもとで冨を築いた朝鮮人地主、企業経営者』、(略)など、当時の『対日協力者』を韓国人は『親日派』と呼ぶのである。」(137P)
 このような視点のもと、2004年に韓国国会で「親日真相究明法」というものが可決されたという。著者は、「『民族の裏切り者』のレッテルをはり、彼らを処罰しようとするものではない。」と述べながら、この法律の真意を姜萬吉の「国民が負の歴史を自ら省み、過ちがどこにあったのか学ぶ」ところにあるという一文を引きながら、「韓国人にとって『親日』は民族の歴史を取り戻すために、どうしても越えなければならない歴史の壁なの」だと記す(145~146P)。
 また、植民地期と解放後の経済構造(特に工業化―資本主義化において)の対比に関しても、詳述している。わたしたちは、戦前期の日本統治がなんらかの経済的基盤を作ったと思いたいはずだ。だが、韓国では、当然ながら、解放後によるものだということが主流を占めていた。著者はいう。
 「韓国社会の解放後の経済復興や経済開発は、植民地権力との連続性を抜きにして語ることはできないと思われる。」(38~39P)
 もちろん、このことは、「解放後も『親米派』として残存した『親日派』の功罪」に関してであって、わたしたちは、けっして溜飲を下げるような愚行をしてはならい。
 さて、著者に導かれるように半島へ眼を向けていくことは、同時にわが国政府権力に対して、厳しい視線をあてていくことにほかならない。
 「日本がアジア諸国に向けて『過去を反省する』と言いながら、一方で『過去を正当化する』歴史教科書を公認するというダブル・スタンダードの姿勢をとっていては、どこの国からも信用されないだろう。」(112P)
 「『拉致問題の解決が先か、それとも強制連行への保障が先か』という平行線の議論から抜け出すためには、両国とも加害者としての事実を重く受けとめ、謝罪と保障の対象が被害を受けた国ではなく、被害者個人に向けられるべきことを強く意識する必要がある。」(236P)
 後段の、「謝罪と保障の対象が被害を受けた国ではなく、被害者個人に向けられるべき」だということに、まったく、異存はない。国家(政府)は、いつでも、個々人に対する負債をおっているものなのだ。
 「国家」が開いていかない限り、個々人は、いつも犠牲を強いられることになる。

(『図書新聞』07.10.20号)

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