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2007年6月14日 (木)

西川徹郎句集『決定版無灯艦隊―十代作品集』(沖積舎刊・07.6.1)

 わたしは、かつて俳句という表現形式に対していつも難渋な思いを抱いていた。つまり、短詩型であることが、どうしても自己表現というかたちをとりにくくさせていることを強いているのではないかと捉えていたのだ。それは、どこかで、主体というものを客体へと転換させていくことによってしか獲得できない地平が、俳句表現の内在的な必然だと理解していたからだ。
 雑誌「試行」誌上に、西川が主宰する雑誌「銀河系つうしん」の広告を見て、西川徹郎の名を認知していたからかもしれないが、後年、たぶん、「俳句空間」誌での、『秋桜COSMOS別冊 西川徹郎の世界』の告知を見て、入手し、作品に接した時が、西川俳句との最初の出会いだった。巻頭に配置された、「マネキンは、今、死にかかる―『桔梗祭』以後 五十句」の作品群は、わたしにとって、俳句形式に対する考えを破砕させるほど衝撃的なものだった。

 蕎麦の花マネキンはいま死にかかる
 ゆうぐれは銀河も馬も溶けている
 抽斗を出て来た父と月見している
 まひるの岸を走れはしれと死者がいう

 動態していく言葉の、深く降り立っていく場所は、主体が客体化されていくことを拒絶し、自身が確信する視線を屹立させる位相としてある。既に、第一句集『無灯艦隊』を上梓して十数年経ち、第六句集『桔梗祭』以後の作品であれば、それは当然の作家性としての在処であるわけだが、それにしも、「マネキン」という無機質なものと「死」という人間における最も本源的なものとの鮮烈な連結は、西川俳句が拡張された詩世界を獲得していくことを示しているのだと感得されたのである。
 極北の地にて、真宗本願寺派の寺の副住職の子として生まれ、やがて父の死後、自身もまた住職の道を歩み始める。いわばそのような環境のなかで生み出される作品の相貌が、ある種の「死」を換喩していくものとしてあることは、避けられないものだったかもしれない。だが、西川の場合、出自や環境へと安易に、作品表出の淵源を見做すことができないほど、独自の作品世界が発せられていることに、わたしたちは瞠目すべきなのだ。むしろそうした他者の視線とでもいうべきものを、初めから排したところから出立したというべきかもしれない。
 第四句集『死亡の塔』の「覚書」で、次のように記している。
 「私とは一体誰なのか、私とは一体如何なる生きものなのか、と問い続けることが、私を今日まで俳句という表現に駆り立ててきたと言っても過言ではないという事実をまず私は述べておきたい。」
 自存する方位と、表現が向けられていく共同的な環界との対峙する場所を措定することは、西川が最初期から現在までも持続して追究し切開していこうとするモチーフだったと、いえるはずだ。時に俳壇的なものや、自身に対する批評への鋭敏な感応は、俳壇的な場所や他者が共同的なるものを、無意識に、ある種の圧力ある「制度」として振る舞ってくるからであり、たんに自己の孤塁だけを安逸に堅持したいがためではないのだ。雑誌「銀河系通信」の巻末に配される「黎明通信」に記される激烈な言葉の数々は、したがって、西川自身の存在証明であり、「制度」的世界に対する宣戦布告であり、解体宣言なのである。
 今年の五月、旭川市に開館する西川徹郎文學館開設を記念して、第一句集の決定版として出されたのが本書である。あらためて、「無灯艦隊」と付された作品群に接してみて、最初期から一貫して今日まで濃密な世界を表出し続けてきたということを、率直な感慨として、驚嘆する以外なかったといっていい。

 海峡がてのひらに充ち髪梳く青年
 父よ馬よ月に睫毛が生えている
 死者の耳裏海峡が見えたりする
 沖へ沖へ 艦長の青くさい耳も
 全植物の戦慄が見え寺が見え
 海女が沖より引きずり上げる無灯艦隊

 ここにあるのは、通例の初期作品といった捉え方を解体させるほどの力感ある世界を提示していると見るべきである。わたしのような、いわば作品を作りださない、ただの鑑賞者に過ぎないものであるにもかかわらず、心奥が楔を撃たれるような感覚をもってしまうのだ。
 「てのひら」、「髪」、「睫毛」、「耳裏」、「耳」といった身体の中でも、感覚的な器官、場所を詩語として表出し、「海峡」、「月」、「沖」といった拡張された空間、つまり共同性の表徴と対峙させながら、主体を客体化させる視線(「梳く」、「生えている」、「青くさい」)を導入することで、さらに主体を際立たせて、作品世界を見事に屹立させていると、わたしなら理解したい。
 それは、“無灯”の艦隊として出艦させる先、つまり切実な言葉を紡ぎ出していく先は、「全植物」が「戦慄」する場所であり、さらには、自存を獲得するための戦う場所でもあることを宣していることを意味しているのだといってもいいだろう。
 西川俳句は、こうして、現在も、荒れ狂う海峡のただなかで、存在証明としての鮮烈な詩語たちを発し続けているのだ。

(『図書新聞』07.6.23号)

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