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2007年6月 1日 (金)

ノーマン・G・フィンケルスタイン 著 立木勝 訳『イスラエル擁護論批判 ― 反ユダヤ主義の悪用と歴史の冒涜』(三交社刊・07.3.10)

 イスラエル‐パレスチナ紛争は、依然、通路の見えない情況のなかにある。どちらも、和平、徹底抗戦の両面を揺れる様態を指し示しながらも、基底には拭いがたい憎悪の連鎖が潜在化しているからだ。漂流するユダヤ人という「神話」が、どこかでわたしたちの思考を規制していることもまた確かだ。この強力な神話は、さらに、ナチス・ドイツ下でのホロコーストにおけるユダヤ人大量虐殺という歴史的負の遺産が補強していく。
 かつて、わたしはバクーニンとマルクスの対立のなかに、奇妙な隘路があることに気付いたことがある。それは、“スラヴ人”バクーニンの激しいマルクス批判の底流に、マルクスの“ユダヤ系ドイツ人”としての行動様式に対する疑義があることだった。それは要するに、マルクスが「世の常の政治屋」(吉本隆明『カール・マルクス』)としての貌を、時としてせりだしていたからである。第一インターナショナルにおけるバクーニン派放逐は、その典型的なものだった。わたしは、なにもマルクスにおける“ユダヤ人的行動様式”を拡張して、すべてを論じたいわけではない。だが、第二次世界大戦終結後の国連総会でのいわゆるシオニスト指導者の“ロビー外交”は、見事に功を奏して、パレスチナの地に強引にユダヤ国家を構築したという事実は明白なことだといいたいだけなのだ(国連総会の分割決議案を受け入れながら、その後、強大な軍事力と経済力で国土を強引に拡張していったことは、徹底的に批判されなければならない)。もちろん、ここでは、漂流するユダヤ人という「神話」とホロコーストという近時の事実を“政治的素材”にしたことは、いうまでもない。本書の著者は、そういうユダヤ人の政治的ネゴシエーションの根拠を見事に破砕させている。
 「シオニズム運動が提出した一群の正当化理論は、シオニズムのイデオロギー的教条をそのまま受け入れ、パレスチナへのユダヤ人の『歴史的権利』とユダヤ人の『祖国喪失』が前提となっていた。たとえば、『歴史的権利』という主張は、ユダヤ人が元々パレスチナに生まれ、二〇〇〇年前に暮らしていたということを基礎としている。(略)パレスチナには二〇〇〇年のあいだ非ユダヤ人が暮らしてきたし、ユダヤ人は二〇〇〇年間よその土地に暮らしてきたのだから、このことを避けて通る限り、歴史的な主張とはならない。これが権利となるのは神話的・ロマン主義的な民族主義イデオロギーにおいてのみで、こんな権利を履行しようとしたら、めちゃくちゃなことになってしまう(実際にそうなっている)。」(16P)
 だから、著者によれば、イスラエル‐パレスチナ紛争は、実にシンプルなものだという考え方になる。「シオニズムがパレスチナにもたらした(略)不正義は明白であり、人種・民族差別の領域に持ち込む以外、答えようのないもの」であって、パレスチナ人の「自決権と、おそらく郷土への権利さえ否定」したものであるということになる。
 本書の著者は、両親ともナチ強制収容所体験をもつユダヤ系アメリカ人で、シカゴ・デュポール大学にて政治学の教鞭をとっている。訳者によれば、「ホロコーストやイスラエルにまつわる被害者イメージとその利権に群がるアメリカ・ユダヤのエリートに対し、厳しい批判を続けながら」、前著『ホロコースト産業』(〇四年、三交社刊)では、「主要なユダヤ人組織や著名人による『ゆすり・たかり』の実態を暴き出して」(「訳者あとがき」)、“アメリカ以外”で反響を呼んだとのことだ。わたしは、その前著は未読だが、本書の骨子もほぼ、同じ底流にあるといっていい。イスラエル政府権力に対する批判のすべてをユダヤ人全般への批判だとしてすり替えながら、“反ユダヤ主義”というレッテルを貼り、言葉狩りや思想弾圧(当然本書もまた、出版妨害を受け、十五ヶ月かかって、〇五年にカリフォルニア大学出版局から刊行にいたっている)を行うというアメリカ・ユダヤ人エリート(知識人・政治家・実業家)の実態は、恐るべきことである。いまや、彼らはイスラエル政府の政策を支持しているというだけで、アメリカのキリスト教右派勢力とも連繋しているのだそうだ。だから著者は躊躇なく、そのような反ユダヤ主義の乱用は、スターリン主義や、逆説的な意味ではなく、まったくナチズムと同様だと断じている(著者は、このことをユダヤ人エリートによる反ユダヤ主義の道具化だとしている)。 
 さて、本書のもうひとつの主眼は、ハーバード大法学教授のアラン・M・ダーショウィッツが著わした『イスラエルのための弁明』(〇三年刊)という全米に影響を及ぼすほどに大ベストセラーとなった本への徹底批判である。先行するイスラエル擁護本からの盗用・剽窃だけでなく、様々な事例がすべて根拠のない捏造であることを、仔細に指摘しながら、イスラエルのパレスチナに対する凄まじいまでの民族差別・弾圧の実態を暴露していっている。わたしなどは、だいたいのところは類推できていたが、ここまで具体的に明確な数字(民間人の意味のない犠牲者の数は、圧倒的にパレスチナ側にあることが示されている)や実態を例示されれば、イスラエル‐パレスチナ紛争というものは、二国間紛争といったものではなく、イスラエルによるパレスチナ地域へのホロコースト以上の残虐な侵略戦争だという認識をとらざるをえなくなる。精緻で膨大な資料を付随した本書は、これ以上ない最良の、イスラエル政府権力の蛮行に対する徹底的な批判書となっていることを、強調しておきたい。

(『図書新聞』07.6.9号)

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