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2006年11月 2日 (木)

うらたじゅん 著『嵐 電 RANDEN うらたじゅん作品集』(北冬書房刊 ・06.9.20 )

 三年ぶりの作品集である。この三年という時間の累積は、確実にわたしたちにある種の息苦しさややるせない感慨を強いてきたように思われる。作者であるうらたじゅんにとっては、どうであったろうか。
 当然のことながら「金魚釣りの日」や「川をのぼる魚 虹色の銃」には、情況が強いてくる鬱屈感を反映させていると見ることができる。だがそれらの作品には、わたしたちが抱いてしまった感慨を濾過させてくれる力が内在しているといっていい。うらたじゅんがもっている“濾過する力”とは、いうまでもなく現実というもののリアルさ(国家や戦争といういわば生活への軋轢を喚起させるものに代位してもよい)に、〈記憶の物語性〉を対峙させることによってそれを相対化させていくことを意味している。もちろんここでいう“記憶”とは一見、作者自身の“私的”な相貌をもちながらも、実はわたしたちの基層の記憶の襞へイノセントに訴えかけてくるものだ。「夏休みの里」や「嵐電RANDEN」という作品を象徴させるまでもなく、うらたじゅんが漫画という境界を超えて極めて際立った物語性をもった表現者であればこその水位を獲得していることを意味しているのだ。
 「金魚釣りの日」という作品は、主人公のミヨが少年少女期を回想しながら、父の青春期の残像を交錯させた位相にモチーフを潜在させている。かつては子供たちが唐突に遭遇する死は病死を除けば、今日のような殺人による死や交通事故死ではなく、遊行中の水辺でのものが、じつに多かったように思う。わたしの少年期を振り返っても川で遊泳中(いまのようにプールというものはほとんどなかった)に亡くなるということがよくあったことを覚えている。遊び場が自然の場所である限り起りうることだった。この作品でも、ミヨのために金魚を釣ろうとして友達の男の子ケンが川で溺れてしまった出来事が大きな傷痕として残っていることを描出している。また、少年少女期によく遊んで親しかった友達と転住とともに通交がまったく途絶えることへの悔恨を回想譚にして深い心象劇として描いている。そして、うらたじゅんの作家としての力量は、そこへ父の青春期の残像を異和感なく見事に差し入れていることだ。南方で「戦死」したとされている父の幼馴染が、もしかしたら生きてジャングルを彷徨っているかもしれないという物語を核にして、ミヨは溺れたケンを助けてくれた人が父の幼馴染に違いないとするイメージに重ねてあわせていく終景への展開のさせ方は、うらた作品のあらたな段階への達成とともに、わたしたちの情況とのきつさを濾過する力ともなっているとわたしは思う。ケンの死から生への救済と、「戦死」したとされている父の幼馴染を救済して生へとイメージ化したうらたのこの作品は、父の青春期における、〈死〉をめぐる物語として描出した「鈴懸の径」とパラレルにあるといっていいかもしれない。
「川をのぼる魚 虹色の銃」は、全篇、ヨーコが従兄のケンジを「君」と語りかけるモノローグで展開されていく。ケンジは、「世界の流れを変え」るという“妄想”によって、隔離病棟の患者になっている。ヨーコとケンジの熱い往還は、隔離された身体にあっても、「きっと君をここから救い出す!そして私が君を守る!」「君が倒れても私が君の夢のつづきを生きる」というヨーコの鮮烈な言葉をのせた終景として描かれていく。「ぼくは本気でこの世界の流れを変えたいと思っていた」とケンジに語らせるうらたじゅんは、この間の情況が強いてくるものにあたかも直接的に対峙しているかのようだ。もちろん、それはひとつのメタファーとして捉える視線だ。わたしは以前この作品に触れて吉本隆明の詩篇「廃人の歌」を思い浮かべたと述べたことがある。「ぼくが真実を口にすると ほとんど全世界を凍らせるだらうといふ妄想によつて ぼくは廃人であるさうだ」という衝撃的な吉本の詩句と、長編詩の装いをもったこの作品を同一線上で語れることをわたしは僥倖なことだと思っている。
 集中の一篇一篇について語るべきかもしれない。いや、語りつくしたいという欲求を抑えることができない。特に辻潤の二番目の女房キヨをモチーフにした「うはばみのおキヨ」、黒猫ミーコの化身の物語、「眠れる海の城」の二作品については、機会があれば、あらためて稿を起こしてみたい。
 わたしはなんの衒いもなく、率直にこういっておきたい。読者としてうらたじゅんの作品に接するということこそ、最高の物語の渦中に入っていくことなのだと。

(『図書新聞』06.11.11号)

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